ホークス一筋・藤原満さん聞き書き「ぶれない」⑪運命変えた「つちのこ」との出会い

西日本スポーツ 野口 智弘

 ソフトバンクの前身である南海で一時代を築いたプレーヤーがいた。ガッツあふれるプレーでファンを魅了した藤原満さん(75)=西日本スポーツ評論家=だ。一昨年に亡くなった野村克也監督の下でチームプレーに徹し、低迷するホークスの中でいぶし銀の活躍を見せた。太いグリップが特徴の「ツチノコバット」を短く持って安打を量産したレジェンドの半生を聞き書き「ぶれない」でお届けする。

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 1973年の日本シリーズで巨人に敗退した翌74年。シーズン中盤に右足ふくらはぎの肉離れで戦列を離脱しました。前年、初めて規定打席に到達していただけに、無念でした。

 もっとも、この年は開幕から打撃が上向かず、76試合で打率は2割2分6厘と寂しい成績。このままだと、また1軍と2軍を往復する選手になってしまう。不安な気持ちを抱いたまま75年を迎えましたが、ひょんなことから野球人生の大きな転機を迎えたのです。

 忘れもしません。あれはオープン戦の最終戦(3月30日)、出雲球場(島根)で行われた広島戦でした。7番で出場しましたが、バットがないのです。普段は3、4本バットケースに入れておくのですが、チームは長期遠征中で、この日までに愛用のバットを全部折ってしまったのです。

 残っていたのは、グリップが太くて重たい丸太のようなバットが1本だけ。実はこのバット、闘志満々のプレーで活躍したヤクルトの武上四郎さんのものです。数日前に行われたヤクルトとのオープン戦で、高畠導宏打撃コーチが中大の先輩である武上さんに「藤原に使わせたい」と頼み込んでもらっていたのです。

 でも、私は練習でもこのバットを使う気持ちはなかった。だって、素振り用のマスコットバットのように重さが1キロ以上あるのですよ。900グラム前半が一般的なのに、とても使いこなすのは無理です。それで、バットケースに入れたままにしていたわけですが、愛用のバットがないため仕方なくこのバットを握って打席に立ちました。

 すると…。広島のエース佐伯和司投手が投じたボールをガツンとたたくと、なんと打球は左翼席に飛び込むホームランになったのです。「あっ! この感触だ」と、その瞬間ビビッときましたよ。

 この武上さんのバットは、メジャー史上2位の4191安打の「球聖」タイ・カッブが発案して使用したもので、「タイ・カッブ式バット」と呼ばれています。バットを短く持って鋭いスイングでボールにぶつける打撃スタイルにすれば、単打を打つには最適だとひらめきました。

 開幕からこのバットを使用しましたが、出るわ、出るわ。ヒットが。開幕から10試合連続でヒットを放って、5月1日での打率が4割8厘! このバットのおかげで75年は初めて全130試合に出場して打率2割8分1厘(打撃成績リーグ12位)の好成績を残せました。まさに「打ち出の小づち」。そして、このバットは当時日本中を騒がせていた謎の生物「ツチノコ」に形が似ていたことから、いつしか「ツチノコバット」と命名されました。(聞き手・野口智弘)

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