ホークス一筋・藤原満さん聞き書き「ぶれない」⑬バッテリーの癖見抜いて50盗塁

西日本スポーツ 野口 智弘

 ソフトバンクの前身である南海で一時代を築いたプレーヤーがいた。ガッツあふれるプレーでファンを魅了した藤原満さん(75)=西日本スポーツ評論家=だ。一昨年に亡くなった野村克也監督の下でチームプレーに徹し、低迷するホークスの中でいぶし銀の活躍を見せた。太いグリップが特徴の「ツチノコバット」を短く持って安打を量産したレジェンドの半生を聞き書き「ぶれない」でお届けする。

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 私が「ツチノコバット」でヒットを量産している、という情報はすぐに球界中に広がりました。すると、「チャイさん、バットください」と、次々と他球団の選手がもらいに来ました。

 簡単に打てるわけない、と思ってましたから、気前よくあげましたよ。その中で福本豊(阪急)や大石大二郎(近鉄)は使いこなして大活躍した。そう、そう、白仁天さんは日本ハムから太平洋クラブ(現西武)に移籍した1975年に首位打者を取った。私のあげた「ツチノコ」で。感謝せいよなあ。

 今は「ツチノコ」を使っている選手は、ほとんどいないですね。グリップが細くて900グラム以下の軽量バットを使っている選手もいる。俊足の左打者が「ツチノコ」で広角打法を身に付ければ、3割を打てるのに、と思うのですが…。その後の「ツチノコ」ですか? 今は手元に1本残っているだけです。もう「絶滅危惧種」ですね。

 さて、70年、80年代の日本球界は諜報(ちょうほう)合戦が盛んな時代でした。特に南海には鶴岡一人監督時代からプロ野球スコアラー第1号といわれる尾張久次さんがいた。尾張さんは球種やコース、打者の打球方向などの膨大なデータを収集して、分かりやすく記号化することを発案しました。その「尾張メモ」を基本台帳にして、野村克也監督とブレイザーヘッドコーチが、相手の癖や特徴などを分析。「シンキング・ベースボール」として活用したのです。

 76年に私は50盗塁しますが、それは相手バッテリーのサインや投手の癖を見破っていたことにもよります。投手のスパイクの向きで一塁にけん制球を投げてくるか、捕手の手首や指の動きで、投手にウエストボールを投げさせるか、けん制球を投げさせるかが分かっていました。当時の捕手は警戒心がなく、一塁ベースを少しリードしただけで捕手のサインが少しのぞけたんですよ。だから、球種も分かった。変化球の時にスタートを切り簡単に盗塁を成功させていました。

 打席では、グラブの位置がベルトより上だとカーブ、フォークボールの時には肘が開くなどの癖のある投手がいて、瞬時に判断して打っていました。また、初球ストライクの次には何がくるか。ボール先行の時には何を投げるかなど、アウトカウントや走者の状況に応じて配球までも読んでいた。投手や捕手は自分では気が付かなくても、どこかに癖が出てしまうのです。その癖を見破るのが野村さんやブレイザーさんは得意だったんです。

 先が読める野球はすごく楽しい。ただ、それを他球団もやり始めた。行き着く先は不毛な消耗戦でした。(聞き手・野口智弘)

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