本当に『上野遥』で良かった HKT48「劇場の女神」ラストインタビュー㊦

西日本新聞 古川 泰裕

 31日に卒業するHKT48チームHの2期生、上野遥(22)のラストインタビューも後編へ。博多座の舞台「熱血!ブラバン少女。」への出演、5期生を指導することになった経緯などを振り返りながら、約9年間のアイドル人生を総括します。(聞き手は古川泰裕)※取材は1月12日

 -センターを務めたドキュメンタリー映画の主題歌「Chain of love」の初披露は大きなコンサートの舞台でした。

 上野「(東京の)代々木体育館ですね。めっちゃ覚えています。まず、あんな大きなステージに1人で立つっていうことがない。あれも今考えたらすごいことだし、(話す)時間をもらってから披露ってなって…」

 -アンコールの1曲目でした。

 「1曲目でしたね。アンコールだったのでめっちゃ急いで着替えて。衣装の王冠があるじゃないですか。あれが、メークさんが思っていたより大きかったらしくて。私の頭に付けてくれるんですけど、私もステージに行かなくちゃいけないし、メークさんも絶対に付けさせたいし落とさせたくないし、けっこうピンが皮膚に刺さるくらいでした(笑)。今もいらっしゃるメークさんなんですけど、『懐かしいね』って話しますね。もうほぼ皮膚に刺さっていました(笑)」

 -サプライズでの初披露でしたが会場中がピンク色のペンライトで埋まりました。

 「披露している最中は必死だったので本当に気づかなかったんですけど、終わった後に『ピンクにしてくれていますね』って言われた時、『本当だ!』と思って。『何これ?』って。私のことをほとんどの人が知ってくれていたっていうこともびっくりだったんですけど、キャラ的にそこまで(ピンクが好きということも)知ってくれているんだって。それがうれしかったです。温かいなあって」

 -披露中は泣きそうな表情に見えましたが、緊張の方が強かったですか?

 「そうかもしれない。緊張はしていたし、歌とダンスが好きだから、ここでもっと知ってもらいたいなって、若干まだ見返したい気持ちも残っているというか。そういう気持ちも大きかったですね」

 -シンデレラストーリーは博多座での舞台「熱血!ブラバン少女。」に続きました。追い風は感じていましたか?

 「追い風はもちろん感じていたし、選抜にもこの勢いで入りたいな、みたいな気持ちもあったんですよ。あったんですけど、私はそういうのじゃないかもって若干気づき始めていたのが博多座ぐらいだったかもしれないです。このまま、ポンポンって(運営に)推されて、選抜に入るっていうタイプじゃないなって。若手とかポンってくる子とかって、そのまま絶対にポンって選抜に入るんですよ。でも…なんて言うんだろう、それまでいろいろ見てきて感じたことなんですけど、自分は推されて入るというタイプじゃないっていうのが分かるんですよ。みんな自分の力じゃないっていうわけじゃないけど、ファンの人の力を借りないと私は入れないんだなって、感じていました。『74億分の1の君へ』の選抜に入れなかったあたりですかね。チャンスとしてはそことか、その次だったと思うんですけど、そこで入れなくて『ああ違うんだな』と。まあでも、そのあたりは選抜のことはあまり考えていなかったかなと思います。『博多座、やばい! 演技したことない!』って思う気持ちの方が強かったです」

 -演劇に必死で、一人で過ごすことも多かったのでは。

 「多かったですね。けいこが東京だったので、東京で何連泊もして。一人でバスに乗って…。あの時はやばかったですね。緊張してご飯も食べられなかったです」

 -一連の「シンデレラストーリー」の中で頑張りは誰かが見てくれていると手応えもあったが、それだけでは難しいという、もどかしさや現実も味わったのでは。

 「そうですね。両方でしたね、結局は」

  自分のことより人のことを考えている時間が楽しい

 -報われたところもあったが…。

 「あったし…なんか、中途半端じゃないか?って、ちょっと悩んだ時もありましたね。ぎりぎりじゃないけど、もうちょっとだったのに、みたいな。でも、そもそもそういうことじゃなかったのか、みたいなこともあります。でも一人仕事っていう枠の方が、もっとすごいことのように感じるんですよ。HKTの中の活動じゃないって、とんでもないことのような気がしていたんです。だから、ちょっとしたご褒美ではないけど、頑張っていた分、こういうこともできるのかな、みたいなことは思いました」

 -充実感というか。

 「頑張れているなと」

 -その辺りから「劇場の女神」と呼ばれるようになりました。

 「そこらへんからですよね?」

 -はっきりと言われるようになったのは映画がきっかけだったような気がします。

 「そう言われていることはうれしいですよね。でも何か、そんなわけないっていう気持ちもあるんですよ(笑)。素直に褒め言葉とか受け止めきれなくて、自分が…そんなこと、申し訳ないというか。そんなことないのになって思ったので、自分から言うことはなかったですね」

 -後輩たちがどんどん入ってきてグループも変化していく中、自分自身より後輩のことを話すことが増えてきていました。

 「確かに、そんな気がしますね。無意識に後輩のことばかり考えちゃうというか。会社(運営)も後輩をプッシュしていた時期だったので、それを助けてあげないと…分からないじゃないですか、最初は。だから、そういう側に回ることが多くなりましたね」

2020年12月21日、劇場公演出演1000回達成

 -博多座で若手がフレッシュメンバーコンサートを開催した時も、指原さんと並んでステージを見守っていました。

 「そうだ。見ていましたね。次の日も見に行って教えて…」

 -比率的にも自分より他人のことを考えることが多くなったのでは。

 「多かったですね。自分のことより人のことを考えている時間が楽しいというか、力を発揮するなってうすうす気付いていたので」

 -それはいつからですか?

 「その前からもけっこうあったんですけど、確実になったのは、5期生が入ったばかりのフレコンからですかね」

 -誰かのために頑張ることが喜びだと。

 「そうだし、得意だなというか。自分が役に立てることって、そっちだなって思い始めました。HKTに対して」

 -上野さんも若かったけど(笑)。

 「そうなんですよね(笑)。なんか2期生だけど、割と若い方なのに、忘れがちですね、自分でも」

 -なんでそうなったんでしょうか? もともとそういう性分だったんですか?

 「なんでなんですかね? ダンスを覚えるのは得意な方だったので、教えることは無意識に増えるというか。聞かれることが多くて。それで広まるというか、『遥に聞けばいいよ』っていう感じにメンバーがなってくれるというか。それでも毎回、『私に決定権はないけどね』って後付けしていました。この振りつけが正しいっていうのは頭の中にあったけど、それは私のやつだから…って遠慮して。自ら行って教えるとかは、最初はしなかったです。聞かれたら教えるくらい」

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