金鷲旗で山下泰裕氏と熱戦 保坂慶蔵さん死去 64歳

西日本スポーツ

 全国高等学校体育連盟(全国高体連)柔道専門部の元部長で、金鷲旗高校柔道大会を支えた保坂慶蔵(ほさか・けいぞう)さんが3日午前1時32分、糖尿病性ケトアシドーシスのため福岡県朝倉市の病院で死去した。64歳。福岡県出身。葬儀・告別式は5日午前10時半から朝倉市頓田147の1、いすや頓田会館で。喪主は妻美恵(みえ)さん。

 選手、指導者として金鷲旗に挑み続けた。嘉穂高(福岡)3年だった1975年の決勝では同学年のライバル、東海大相模高(神奈川)の山下泰裕さん(84年ロサンゼルス五輪金メダリストで日本オリンピック委員会会長)との大将同士の死闘に敗れた。金鷲旗は初めて関門海峡を渡った。

 筑波大進学後はけがもあって山下さんとの再戦を果たせず、卒業後は福岡県立高校の保健体育教諭に。新宮や朝倉、筑紫丘などで指導し、柔道部の監督、部長として若手育成に尽力。金鷲旗のシード校選定や審判主任、実行委員を担った。定年退職後は東亜大の教授、柔道部師範を務めた。全日本柔道連盟や福岡県柔道協会で理事などを歴任。講道館8段。

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