元バレー代表・迫田さおり「調子に乗るな!」教訓にした高校の監督からの叱責

西日本スポーツ

 好きな言葉は「心(こころ)」だという。バレーボール女子元日本代表のアタッカー、迫田さおりさんは華麗なバックアタック  を武器に2012年ロンドン五輪で銅メダル獲得に貢献した。現役引退後は解説者などで活躍の場を広げる一方、コロナ禍が続く中、スポーツの魅力を発信しようと自身の思いつづっている。

◇  ◇  ◇

 春の柔らかな日差しを浴びると気持ちが落ち着き、空へ向かって深呼吸したくなります。日頃暮らしている鹿児島では冬用のコートも要らなくなりました。ユニホームを脱いで5年。季節に背中を押してもらって、少し体も動かしていこうかなと思っています。

 桜の花が咲き始めると、卒業と入学のシーズンです。私が通った鹿児島西高は春高バレーやインターハイに出場できるような強い学校ではありませんでした。同期は19人いました。バレーボールの先発メンバーは6人プラス守備専門のリベロ1人の計7人で、全員が試合に出るのは難しい。アタッカーの私は3年生の公式戦で、少しでも多くの同級生にコートに立ってもらいたいと考え、試合前にある約束をしました。

 「一生懸命、点を取って前半で勝負を決めるから」

 いざ始まると、私のスパイクがなかなか決まりません。気負い、焦りがミスを呼び込む悪循環にはまりました。仲間をコートに立たせるという約束を果たすどころか、普通にやれば勝てると思っていた対戦相手に食らい付かれて、ぎりぎりで勝つのがやっとでした。

 試合後に私の発言を知った監督には「そんな余裕があるのか! 調子に乗るな!」と怒られました。軽率な言葉が自分とチームのリズムを崩してしまいました。仲間に申し訳ないだけでなく相手にも失礼でした。考え方の甘さを思い知らされる出来事となりました。

 バレーボールは試合の流れが分かりやすいスポーツです。一つの好プレーを機に連続得点したり、ミスから連続失点したり…。勝つために全力で戦っているのは相手も同じです。実力に差があっても何が起こるか分からない。コート内で「絶対」はないのです。高校時代の“あの試合”で学んだことは、バレーをやる上での教訓となりました。

 東レに進んだ後も、多くのことを気付かせてもらいました。練習に付いていけず、掃除や後片付けでも失敗が多かった私が、先輩をはじめたくさんの方に「頑張れ!」と励ましてもらえたのはなぜだろう、と考えたことがあります。結論は「何も知らなかったから」なんです。至らない点が多々あったからこそ、私も全てを受け入れられました。今と比べて、きっと「素直」だったのでしょうね。

 鹿児島西高は地元で「西高」と呼ばれていました。私の卒業後に統合し、別の学校の敷地で明桜館高として再出発しました。現役を退いた後に「西高」があった場所を1度訪れました。懐かしい校舎や汗を流した体育館、同級生と過ごした部室は跡形もありませんでした。隅にあった石碑だけが出迎えてくれました。

 母校がこの世から消えてしまったようで寂しさを覚えました。それでも「西高」での想(おも)い出は胸の奥に残っています。この学校を選ばなかったら今の私はありません。みんなと心を通わせ、一つのボールを夢中になってつなぎ、強豪校からポイントを取るごとに喜び合った日々…。季節が何度巡ろうとも決して忘れることはありません。(バレーボール女子元日本代表)

↑YouTube「迫田さおりのりおちゃんねる」高校までのバレー人生を語る迫田さおりさん

◆迫田(さこだ)さおり 1987年12月18日生まれ。鹿児島市出身。小学3年で競技を始め、鹿児島西高(現明桜館高)から2006年に東レアローズ入団。10年日本代表入り。バックアタックを武器に12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪出場。17年現役引退。身長176センチ。スポーツビズ所属。

PR

バレー アクセスランキング

PR

注目のテーマ

福岡ソフトバンクホークス アクセスランキング