チームメート「おいしくない…」宇津木麗華さんがギョーザから見た“努力の天才”

西日本スポーツ

 【ソフトボール日本代表・宇津木麗華監督コラム「麗しき夢」】

 東京五輪でソフトボール日本代表を13年ぶりの金メダルに導いた宇津木麗華監督。「夢であり人生」と語る競技への思いをつづった。

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 私が部長を務めるビックカメラ高崎は、外出を極力控えるなどコロナの感染症対策に万全を期している。当然ストレスはたまる。そこで寮では、ある選手が手製のギョーザを振る舞っているらしい。ほほ笑ましい話の一方で、あまりおいしくないという残念なうわさも聞こえてきた。当人はしょんぼりしていると思いきや、中国出身の私に「作り方を教えてください」と聞きに来た。内藤実穂だった。

 チームメートの微妙な反応にも、むしろ「おいしく作りたい!」と発奮する姿はグラウンドと変わらない。佐賀女子高から入団して10年目の28歳。非凡な打力を買われて投手から野手(一塁手)に転向した。とにかく素振りをする。血まめをこしらえるのはざら。コロナ禍で年末年始に大阪の実家への帰省を取りやめた際は元日から汗だくでバットを振っていたと聞いた。自分に負けない選手。私が尊敬する宇津木妙子さん(元日本代表監督)に似ている。努力する天才なのだ。

 代表の新しい主将に彼女を指名したのは勝負に懸ける思いが強く、誰とも分け隔てなく接することができるからだ。東京五輪の金メダルメンバーが多数抜け、若い選手が多いチームを引っ張っていくのに適任だと考えた。昨夏の東京五輪では、3番で起用した初戦で勝ち越しのチーム1号本塁打を放った。忘れられないのが初回2死から選んだ四球だ。先発の上野由岐子が1点を先制された直後の攻撃で簡単に3人で終わらず、同点に追い付いた。あれで気持ちが落ち着いた。球が見えていたからこそ、次打席での本塁打にもつながった。

 ディフェンスを最重要視して準備してきた東京五輪では、内藤の一塁守備も日本の強力な武器だった。相手に点を与えず、与えたとしても最少失点に食い止める-。投手には一発のある打者とは無理に勝負をせず、状況に応じて四球で歩かせることも必要だと言い続けた。四球は「ピンチ」ではない。一塁に走者を背負っても、チャージ、送球ともに天下一品の内藤の前にバントをさせれば、二塁でアウトにできるからだ。

 失策は記憶にない。野球と比べて塁間の距離が近いソフトボールでは一瞬の判断力が不可欠。野手同士で守備位置の確認を綿密に行う内藤は、打者の振りの速さやバッテリーの配球から相手の作戦を予測できる。目指してきた「無失策」を達成した東京五輪で最優秀守備選手に選ばれたのは「神ゲッツー」を成立させた遊撃手の渥美万奈さんや三塁手の山本優さんではなく、一塁手の内藤だった。

 名前の「実穂」は「みほ」ではなく「みのり」と読む。ことわざの「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」が由来だと伺った。彼女が生まれる前年の1993年は冷夏と日照不足で米が凶作になり、両親が「お米の大切さを忘れない謙虚な人に」との願いを込めたそうだ。名は体を表す-。仲間を「うまい!」とうならせるギョーザが寮の食堂のテーブルに並ぶ日も近いだろう。(ソフトボール女子日本代表監督)

 宇津木 麗華(うつぎ・れいか)1963年6月1日生まれ。中国・北京市出身。元中国代表。88年来日、95年日本国籍取得。現役時代は内野手で日本代表の主砲、主将として活躍し、シドニー五輪銀メダル、アテネ五輪銅メダル。2003年に日立&ルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)の選手兼任監督就任。04年に現役引退後は11年から15年まで代表監督を務め、12、14年の世界選手権優勝。16年11月、再び代表監督就任。群馬女子短大を聴講生として卒業。右投げ左打ち。

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