元女子日本代表セッターが高校バレーの監督に 生徒も呼ぶ愛称は「キューピット」から

西日本スポーツ 西口 憲一

 バレーボール女子元日本代表セッターの中西(現姓浜田)千枝子さん(55)は愛称の「ピット」とともに「勝利」を追い求めてきた。福岡・飯塚高の女子バレーボール部監督に就任して3年目。強豪チームでプレーした自身とは違う普通の高校生と接しながら「つながり」をテーマに部員16人と心を通わせる。

   ◇   ◇

 中西さんは日の丸を背負って五輪のコートに2度立った。1992年のバルセロナは「天才セッター」と呼ばれた中田久美さんの控えで、96年のアトランタでは主将。第一人者として歩んできたバレーボール人生の原点は博多女子商(現博多女子)高時代にある。

 「スパルタが当たり前の時代だった。でも…」と続けた。「当時の監督から『人として』どうあるべきかを学んだ」。後輩を大事にするように、と差し入れは必ず下級生から食べさせた。体の不自由な人やお年寄りが使いやすいように、公共のトイレはできる限り奥を使うように説かれた。

 「コートでの『つながり』は普段の学校生活からもつくられる」

 長男の和寿さんが飯塚高野球部に入部した縁で2018年に同校バレーボール部の指導に初めて携わった。創部は06年。新たな歴史を築こうと、まずは福岡県大会出場の常連校を目指し、堅守から試合を組み立てるチームづくりに励んでいる。部員は現在16人で大半が地元の中学出身。身長170センチ台は一人もいない。「体が小さい分、守備を頑張らないと勝負に持ち込めない。際どいボールを拾ってつなぐには観察力が必要。『人を見て』ではなく、自ら動ける選手になってほしい」。最近うれしいことがあった。重い荷物を抱えた先生に、3年生の部員が「持ちます!」と駆け寄ったという。「普段から意識していれば、無意識に動ける。コートでの気付きができれば、相手の意図も読めるようになる」

 中西さんは「チームワークという言葉、私は好きじゃない」と明かす。理由は「この言葉を最初から口にするのは甘えにつながる気がする。自分が失敗しても周りが助けてくれる、とか」。一人一人が強くなり、助け合う先に真のチームワークがあると考えるからだ。

 「彼女たちには『人として』1番を目指してほしい。人への思いやりにあふれた強くて優しい大人になれるように…」

 中西さんが博多女子商高に入学した昭和57(1982)年。1年生セッターとして九州大会を制し、監督から「勝利のキューピッドだな」とほめられた。以来「ピット」が愛称になった。一流選手として「勝利」を追い求めて40年。「キューピッドのまなざし」で令和の高校生に“愛情いっぱいのトス”を上げ続ける。(西口憲一)

 ◆中西千枝子(なかにし・ちえこ) 1966年8月24日生まれ。福岡県芦屋町出身。芦屋小3年から「芦屋ジュニア」で競技を始め、博多女子商高からセッター一筋。85年に実業団のユニチカ入り。89年から女子日本代表で97年に現役引退。身長163㌢。夫の浜田義弘さんは久光製薬(現久光)や日立で監督経験があり、現在Vリーグ女子2部の浜松を率いる。
 

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