「本当に格好良い」元バレー代表・迫田さおりが忘れられない背番号

西日本スポーツ

 好きな言葉は「心(こころ)」だという。バレーボール女子元日本代表のアタッカー、迫田さおりさんは華麗なバックアタックを武器に2012年ロンドン五輪で銅メダル獲得に貢献した。現役引退後は解説者などで活躍の場を広げる一方、コロナ禍が続く中、スポーツの魅力を発信しようと自身の思いつづっている。

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 昔からオンとオフの切り替えが苦手です。負けず嫌いな性格でもあり、現役時代はずっとオン状態だった気がします。そんな私が心から「同じポジションだけれど、一緒に頑張り合おうね」と思えたことがあります。ロンドン五輪に向けた代表合宿。宿泊施設に戻る道すがらの出来事でした。

 同学年の「ミホ」こと、石田瑞穂さんに語りかけられました。「仲間だけど、負けないよ」。私も「ミホに負けないからね」と、自然に口にすることができました。「ミホっていいなあ」と素直に感じたのは、仲間以上の存在だった彼女と互いの心の中を口に出し合えたことがうれしかったからでしょう。

 ロンドン五輪の代表は12人。石田さんは背番号「13」のリザーブとして同行していました。複雑な感情を抱えていてもおかしくないのに、気持ちを整理して、前を向いて「自分に求められる役割」を全うしていました。本当に格好良かった。真鍋政義監督は彼女の「目に見えない力」を分かっていて、メダルを取るための「13人目」に選んだのではないでしょうか。

 現地入り後も献身的にチームを支えながら、彼女は家庭の事情で一試合も見ることなく帰国しました。その際、手作りのお守りを選手とスタッフ全員に残していました。共に戦っている気持ちを届けたかったのだと、後に知りました。五輪の登録選手は12人でも全員の思いは「13人で戦う」-。私は真鍋監督に勧められ、自分の「14」の下に「13」のユニホームを重ね着してコートに立ちました。

 どちらが代表から漏れてもおかしくなかったからこそ、真鍋監督は石田さんの想(おも)いを私に託してくれたのではないでしょうか。窮屈に感じるどころか、彼女のユニホームは私に勇気を与えてくれました。「13」のユニホームを着ているだけでは彼女の想いは報われない。無心で右腕を振り続けました。心がつながることで力以上のものが生み出される。銅メダルの重みが教えてくれました。

 「選手」である以上、誰もが代表12人に選ばれて五輪の大舞台に立ちたいに決まっています。その一方で激しいポジション争いの中で「絶対に負けない!」と張り合うのではなく、同じ考えを持って互いに通じ合える大切な仲間が同学年にいました。あの日、練習帰りに交わした言葉を思い起こすと胸が熱くなります。

 代表合宿中のオフに石田さんに誘ってもらって気分転換できたこともありました。もともと出無精な私は「外」に連れ出してくれる人が必要なタイプ。そういう心遣いができ、皆から愛されていました。バレーボールを純粋にうまくなりたいと、どこまでも真っすぐでした。うらやましかった。「負けないからね」と言ってはみたものの、ちっともかないませんでした。

 今年5月。2年後のパリ五輪を目指して始動した代表チームをサポートする目的でロンドン五輪のメンバーが再会しました。もちろん13人です。私にとって忘れ得ぬ「ミホ」への想いは変わりません。今までも、今も、そしてこれからも。(バレーボール女子元日本代表)

 ◆迫田(さこだ)さおり 1987年12月18日生まれ。鹿児島市出身。小学3年で競技を始め、鹿児島西高(現明桜館高)から2006年に東レアローズ入団。10年日本代表入り。バックアタックを武器に12年ロンドン、16年リオデジャネイロ五輪出場。17年現役引退。身長176センチ。スポーツビズ所属。

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