七夕の夜に一生一度の…ソフトバンク藤本監督が起こした「超ミラクル」

西日本スポーツ

 懸命に駆け込んだ二塁ベース上で、ダイエーの藤本博史は満面に笑みを浮かべていた。1990年7月7日、浜松球場(静岡)での日本ハム戦。1リーグ時代を含めてプロ野球史上43度目(42人目)のサイクル安打達成にスタンドも沸いた。

 まさに「七夕の夜のミラクル」だった。大量リードの9回に巡ってきた最終打席。藤本の打球はライト前へフラフラと上がった。これを追った二塁手の小川浩一と右翼手の鈴木慶裕が激突。「打球が落ちたら、何が何でもセカンドに走るつもりでした。エラーかなと思ったけど、ベンチが大騒ぎしていたので『やった!』と思いました」。試合後、藤本はそう振り返った。打席に立ったのは9回2死。この日のダイエー打線は先発全員の21安打14得点と大爆発したおかげで、これが第6打席だった。

 “ミラクル”は相手野手の交錯だけでない。6番三塁でのスタメン出場。初回に空振り三振、3回には遊飛と第2打席まで相手先発の松浦宏明に抑え込まれていた。それが5回に2番手の西村基史から左翼席へ7号ソロ。「夕べ、浜松のウナギを食べながら、これでパワーが付いて一発出ればなあと考えていました」。ウナギにもらった精力に点火? 7回に内山正博から中前打、8回2死満塁に島田直也から中越え三塁打、9回にも島田直から二塁打と立て続けに打ちまくった。プロ野球では今季まで76度のサイクル安打が記録されているが、第2打席まで凡退しながらの達成は藤本しか成し遂げていない。

 当時の浜松球場は両翼91メートル、中堅118メートル。決して「俊足」とはいえない藤本が、このサイズの球場で三塁打を放ったのもいわばミラクルだろう。17年間の現役生活で通算715安打、うち三塁打は10本。この夜の三塁打はプロ9年目で2本目だった。

 ちなみに、ホークス選手のサイクル安打は意外に少なく、藤本は55年の飯田徳治以来35年ぶり2人目。その後も2003年に村松有人、18年に柳田悠岐と、達成者は4人しかいない。

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