闘う父へ見せる甲子園の勇姿 「息子の活躍 一番の薬」

アルプス席から声援を送る山隈浩一さん=20日、甲子園球場 拡大

アルプス席から声援を送る山隈浩一さん=20日、甲子園球場

父浩一さんが見守る中、ナインに声を掛ける山隈拓巳主将=20日、甲子園球場

 夏の甲子園、九州勢で唯一残っていた城北(熊本)は20日、5-7で三重に惜敗した。最後までナインを鼓舞した主将の山隈拓巳選手(3年)の父、浩一さん(53)は炎天下、アルプス席から声援を送り続けた。今春、大病で生死のふちをさまよったが、息子の「甲子園で活躍する」との言葉を胸に回復に努めた。「目の前で応援できるなんて。みんなよく頑張った」。涙を流すナインをたたえた。

 熊本県大津町で野菜農家を営む浩一さんも高校時代、白球を追った。だが2年の夏、交通事故で右足を骨折し退部。「夢をかなえたい」。地域の子どもたちを指導していた野球教室で小学生の息子を鍛え上げた。

 拓巳選手は昨年夏、主将に選ばれ、浩一さんも「全力でサポートしよう」と、野球部父母会の会長に就いた。試合会場への送迎、飲み物の差し入れ…。選手と保護者の結束が強まった4月中旬、浩一さんの背中や胸を激痛が襲った。大動脈の壁が内側から裂ける「大動脈解離」。緊急手術を受け、意識が戻ったのは4日後だった。「恩返しはまだ。必ず甲子園に行くから」。拓巳選手が涙声でつぶやいていたことを後で知った。

 熊本大会では体調が戻ったこともあり、城北戦のスタンド観戦を病院から許可された。7月24日に退院。ナインの甲子園入り後、大阪市に1人滞在し、応援の手配などに汗を流した。

 「お父さんにもう1勝プレゼントしたかった」。試合後、拓巳選手の目は真っ赤。浩一さんは今も6種類の薬を服用しているが、「息子とナインの頑張りが一番の薬になった」と感謝した。

=2014/08/21付 西日本新聞朝刊=

PR

PR

注目のテーマ