工藤氏、福岡残留願う15万人署名に数年かけ直筆でお礼していた

1999年の優勝パレードで秋山幸二外野手と並んでファンに手を振る工藤公康投手=福岡市中央区大名 拡大

1999年の優勝パレードで秋山幸二外野手と並んでファンに手を振る工藤公康投手=福岡市中央区大名

 プロ野球、福岡ソフトバンクホークスの来季監督に就任することが確実になった工藤公康氏(51)がホークスの選手として在籍したのは1995年~99年の5年間。95年は王監督の就任1年目で、当時球団幹部だった根本陸夫氏(99年に急逝)がライバル西武から“引き抜く”形で獲得した。根本氏は西武の監督、球団フロントとしても辣腕(らつわん)を振るい工藤氏の西武入団にも関わった間柄。プレーヤーとしてだけでなくリーダーシップを取れる人材として高く評価されていた。

 期待に応え、工藤氏は現役時代の秋山監督とともに弱小と呼ばれたホークスを改革した。徹底した体調管理、妥協を許さない練習を有言実行で示し、さらに厳しい指摘で若手選手を育てた。勝利を追求する姿勢は選手に受け継がれ、ホークス黄金期の礎となった。一方でグラウンドを離れれば気さくな性格から、城島氏らに「兄貴分」と慕われた。

 福岡では、ファンが訪れる自宅近くの飲食店にも家族を連れて足を運ぶなど、街にも溶け込んでいた。99年オフにFA宣言した際は、残留を願う約15万人のファンの署名が届けられたが、巨人移籍後、数年かけて直筆で宛名を入れた御礼のはがきを返信した。いまも当時の署名は横浜市の自宅で大事に保管されている。

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=2014/10/16付 西日本新聞夕刊=

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