ボート115期生/九州・山口から4人がデビュー

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仲谷颯仁

佐藤駿介 森田太陽 江頭賢太

 福岡県柳川市にあるボートレースの選手養成所「やまと学校」を19日に卒業した115期生26人(うち女子7人)が、11月に全国各地でデビュー戦を迎える。九州・山口からは、勝率7・99というトップの成績を残して“首席”で卒業した仲谷颯仁(20)=福岡=をはじめとした4人が、新戦力としてファンの前にお目見えする。未来のボート界を担う、期待の新人たちを紹介する。 (橋口文子)

◆仲谷颯仁(なかたに・はやと、福岡・20歳)

 ■反骨の勝負師

 勝負師-。自他共に認める負けず嫌いの仲谷颯仁は、その言葉がぴったりとくる期待の星だ。

 やまとのリーグ戦は7戦オール優出で、うち3回のV。勝率はトップの7・99。加えて事故率は0・00の超優等生。それなのに、訓練生活を振り返って思い浮かぶのは悔しさばかり。「リーグ戦の前に行われた“プレリーグ”で予選落ちしたことが一番悔しかった」。その後のリーグ戦本番の立派な成績は、人一倍の反骨心が生んだものだった。教官も「勝負師向きの闘争心が、技量向上につながった」と評する。

 ■「SGを取る」

 目先の勝ち負けにこだわらないスケールの持ち主でもある。やまとチャンプ決定戦は1号艇を手にしていたが、「6コースから勝負する」と宣言。大外6コースから4着に敗れたリーグ第7戦の優勝戦の雪辱のためだったが、結果は5着。レース後、ここでも悔しさをにじませ、「これからの自分を見ていてほしい」。デビュー後のリベンジを猛烈にアピールした。

 そんな勝負師にとって将来の夢は、「常にSGを走るレーサー。そしてSGを取る」ということ以外にない。そのためには「自分の決めたことにまっすぐに向かう性格」に任せて突き進むだけだが、決して無鉄砲な男でもない。「まずはフライングをせずに1走でも多く実戦を走り、早くB1級に昇格したい」。成長と出世のために大事なこともきちんと心得る。

 今後も悔しい場面には数多く遭遇するだろう。しかし、それらを全て力に変換できるのが仲谷の強さ。デビュー戦は、出身高校のすぐそばの若松ボート。大きな未来への第一歩を踏み出す。

◆佐藤駿介(さとう・しゅんすけ、山口・21歳)

 ■視野の広さが身上

 ピッチからプールへ-。佐藤駿介は自らかじを切った。高校までサッカーに打ち込んだスポーツマン。ゲームのかじ取り役のボランチとして広い視野を誇り、高校2年時には全国高校選手権に出場。そして3年時に進路を考える中で、父から勧められたのがボートレーサー。「初めて観戦して、音とスピードに魅了された」。水上の舞台で生きることを決めた。

 訓練生活で最も心に残るのは、徳山ボートであったリーグ第5戦で味わった無念。「準優勝戦で逆転を許して、優出できなかった」。くしくも地元水面で巡ってきたせっかくのチャンスだっただけに、悔しさはなおさら。ただ、着順を守る難しさや大切さを、大いに学ぶ機会にもなった。

 目標は山口県の大先輩の今村豊。「全速ターンをボート界全体に広め、今でも強さを維持しているから」。新技術を生み出してから30年以上、ずっとトップに居続ける偉大な姿に憧れる。また、「人見知りの部分を変えたい」という点でも、誰とでもすぐ打ち解ける大先輩は最高の目標だ。

 「将来、常にA1級でいるために、意識や向上心を持って取り組みたい」。持ち味の視野の広さを生かすため、足元から力を蓄えていく。

◆森田太陽(もりた・たいよう、福岡・20歳)

 ■母娘2代の夢実現

 「母の夢だったボートレーサーに私がなる」。森田太陽は、母娘2代の夢だったボートレーサーへの道を、2度目の受験で切り開いた。「合格通知が来た時はうれしくて…」と感激の涙をこぼした。

 ただやまとでは、苦い涙を味わった。「成績が悪くて常にギリギリの状態。泣くこともあった」。リーグ戦の勝率は下から2番目。事故後に萎縮して、攻めるレースができなくなったことも。

 それでも同期の仲間の支えで乗り越え、無事に卒業までたどり着いた。「あとはやるしかない。デビュー後はまずは無事故完走を目指して、陸(おか)の上でもしっかり動いて頑張りたい」。涙のない笑顔の中に、人一倍の決意を表現した。

 「太陽」という名前に込められたのは、「明るく元気に、暗い所にも日を当てられるような存在になってほしい」という両親の願い。だからこそ目指すのも「ファンや家族、先輩選手、業界関係者など全ての人から愛されるレーサー」とはっきりしている。「物事を習得するスピードは遅いけど、地道に努力を続けられるのが自分の長所」。誰もが共感できる実直な姿勢で、さんさんと輝く太陽のように、多くの人に光を届けていく。

◆江頭賢太(えがしら・けんた、長崎・18歳)

 ■苦境越え素質開花

 ボート界の名門・大村工高からまた一人、レーサーが誕生した。江頭賢太だ。ボート発祥の地・大村で生まれ育ち、「小さい頃からレースを見ていて、迫力あるターンをするレーサーたちに魅了された」。今後は自分が、地元の子どもたちに憧れられる存在になる。

 2度目の受験で合格と入学まではまずまず順調。だがやまとで苦境に立たされた。実戦形式が増えるなど、より大事な時期である訓練の後期に、左腕を大けが。骨折と16針を縫う傷を負い、1カ月半もボートに乗れなかった。「見学だけなのがつらかったし、悔しかった」。根が真面目な元気者だけに、何もできないもどかしさは大きかった。ただそれでも、上位に入る勝率で卒業。元レーサーの荘林幸輝教官は「確かにけがでみんなと差は開いたが、実力はあるので、詰めることができる」と素質を評価する。

 目標のレーサーは、同じ西九州の峰竜太(佐賀)や下條雄太郎(長崎)。「自分も迫力あるレースをしたい」と言う。取りえだという周囲に元気を与える明るさは、既に2人とも共通。あとは実力で肩を並べられるよう、「一走一走を大切に、気持ちを込めてレースをしていきます」と力強く誓った。

=2014/09/30付 西日本スポーツ=

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