甲子園初優勝の夢へ頑張れ 岩重選手の兄「弟よ、俺の分まで」

弟の岩重章仁選手らの勝利を喜ぶ寿峻さん(手前)=21日、兵庫県西宮市の甲子園球場 拡大

弟の岩重章仁選手らの勝利を喜ぶ寿峻さん(手前)=21日、兵庫県西宮市の甲子園球場

4番右翼で出場し、気迫の打撃を見せる延岡学園の岩重章仁選手=21日、兵庫県西宮市の甲子園球場

 夏の甲子園で21日、宮崎県勢初の決勝進出を決めた延岡学園。準決勝の花巻東(岩手)戦のアルプス席には、延岡学園の主砲岩重章仁(あきひと)選手(3年)の兄寿峻(ひさたか)さん(20)の姿があった。2年前の夏に甲子園に出場した日南学園(宮崎)の野球部員だったが、直前でベンチから外れた悔しさを今も抱えている。「弟よ、俺の分まで最後まで頑張ってくれ」-。章仁選手がスランプで苦しんだ時期も知るだけに、中心選手として奮闘する弟にだれよりも熱い声援を送る。

 2人は小学生のとき、父尊直さん(44)がつくったチームで一緒に野球を始めた。同じ中学の野球部では3年の寿峻さんが4番、1年の章仁選手が5番を打った。「兄弟だけど競争相手だった」と寿峻さん。毎晩遅くまで自宅の庭で一緒に素振りした。章仁選手にとって寿峻さんは「必ず超えたい選手」。兄と対戦するため別の高校に進んだ。

 2011年夏、それが実現した。日南学園と延岡学園が宮崎大会決勝で対戦した。入学直後の九州大会で1試合2本塁打を記録して「怪物」と騒がれた章仁選手は、1年生ながらスタメンに。しかし、3年の寿峻さんは控え捕手で、最後まで出番はなかった。試合は日南学園が勝った。ただ、甲子園のベンチ入りメンバーは宮崎大会の20人から2人減るため、寿峻さんはベンチから外された。

 卒業後、寿峻さんは救急救命士を目指して専門学校に進み、甲子園出場の夢は弟に託した。だが、章仁選手は1年秋から3年春まで長いスランプに陥った。苦しむ弟を助けようと、寿峻さんは選手の保護者が撮影した弟の試合映像を見ては、電話やメールで助言を繰り返した。

 復活した章仁選手はこの夏、堂々と4番に座る。この日の花巻東戦は無安打だったが、準々決勝では同点タイムリーを放った。全国制覇に王手をかけた弟を、「正直うらやましい」とまぶしく見つめる寿峻さん。「決勝では勝負を決めるヒットを打て」とエールを送った。

 ▼地元「一気に制覇を」

 宮崎の悲願へあと1勝だ-。九州で唯一、春夏を通じて甲子園での優勝がない宮崎県は、昨年度から強化指定校に遠征費などを助成する事業「夢・実現 甲子園優勝プロジェクト」を始めたばかり。そんな中での延岡学園の決勝進出に、関係者は熱い期待を寄せた。

 プロジェクトの予算は年間約500万円で、昨秋の県大会で4強入りした延岡学園も指定校の一つだった。今年3月には約76万円の助成を活用、大阪に遠征して大阪桐蔭など強豪相手に練習試合をこなした。

 県高野連の猪股整(ひとし)理事長は「県の事業のおかげで、『目標は日本一』と口にする球児が増えた。県勢初の決勝進出という歴史はつくったので一気に全国制覇を」と力を込めた。この日、公務を変更してアルプス席に駆けつけた河野俊嗣知事は「選手たちは見ていて頼もしい。決勝もやってくれると信じる」と興奮気味に語った。

=2013/08/22付 西日本新聞朝刊=

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