巨人・阿部慎之助が今季限りで引退

共同通信

 見事な散り際だった。巨人の阿部慎之助が9月25日に、今季限りでの現役引退を発表した。

 プロ19年目の40歳、長く名門球団の正捕手として活躍。2000安打、400本塁打も記録している。「強打の捕手」として球界に名を残す名選手だ。

 決断の決め手はチームの5年ぶりのリーグ優勝だった。

 かつて、自身が主将を務めた時期は王者の名を欲しいままにしてきたが、ここ4年は頂点から遠ざかり苦境が続いていた。

 それが原辰徳監督が復帰しての☆(ローマ数字5)奪還だ。阿部選手にとっても肩の荷が下り、引退のタイミングとしてはベストかもしれない。

 去就について原監督と極秘に話し合ったのはリーグ優勝決定直後のこと。

 「(原監督とは)思っていることがお互いに一致した。将来のことであったり、僕が思っている以上に考えてくださった」

 長年にわたってチームの柱としてリーダーシップを発揮してきた阿部には、人一倍強いチーム愛と野球愛がある。ユニフォームを脱いでも、何らかの形で巨人に貢献していきたいという思いがあるのは当然だ。

 正式な処遇は全日程を終えた後となるため、現時点では明らかになっていないが、来季以降は指導者としての道が用意されたとみられる。

 それは「ポスト原」の監督レースの最有力候補に躍り出たことを意味している。

 昨秋に原監督の復帰が決まった時、阿部は捕手への再転向を直訴した。長年にわたる肉体の酷使で肩痛や腰痛に悩まされ近年は一塁を守るか、代打要員に甘んじるケースが増えていた。

 だが、あと何年続けられるか分からない現役生活を考えたとき、どうしても捕手として勝負がしてみたい。表現を変えれば「死に場所」を求めた直訴だった。

 しかし、現実は甘くない。捕手の座には小林誠司、炭谷銀仁朗、大城卓三らがいて阿部の出番はなかった。それでも指揮官は阿部に金言を与えている。

 「出番が来るまで監督のつもりで選手を見ろ」。リーダーよりさらに先の指導者への修行を伝える第一歩だったに違いない。

 巨人の監督の歴史を見ていくと、ある不文律があることが分かる。

 川上哲治、長嶋茂雄、藤田元司、王貞治、原辰徳、堀内恒夫、高橋由伸とすべてクリーンアップを打った強打者かエースである。

 さらに付け加えるなら現役からいきなり監督に就いた長嶋は1年目に最下位の屈辱を味わい、高橋も3年連続で☆(ローマ数字5)逸のまま終わっている。

 逆に王は藤田政権の助監督として勉強、原もまた長嶋の下でヘッドコーチを務め、後のチーム強化につなげている。藤田や堀内にはコーチ経験があった。

 3度目の就任となった原監督には大きなミッションがある。チームの再強化はもちろん、次代の指導者の育成だ。

 3年契約の2年目となる来季を見据えたとき、阿部を手元で指導者として育てようと思うのは必然でもある。

 これまでも「ポスト原」としてOBの松井秀喜氏や高橋前監督の再登板などがささやかれてきた。

 しかし、松井氏は米国生活が長く、古巣復帰に積極的ではないと言われる。高橋氏は原監督就任時にヘッド格として残る選択肢もあったが、本人が固辞した経緯もある。

 そうした事情を踏まえてみると阿部が次期監督の最有力候補であることは間違いないだろう。

 今季ほど監督の力量がペナントレースに反映したシーズンはない。

 西武の辻発彦監督は弱体投手陣を、強打と隙のない走塁で補った。山川穂高、中村剛也といった、体重100キロ超の巨漢選手まで二塁打の間に一塁から生還するシーンが逆転優勝の決め手になった。日頃の意識の徹底がここ一番で生きた好例だ。

 エース菅野智之の戦列離脱や抑え投手不在の誤算が続いた巨人は、原監督ならではの采配と用兵が際立った。

 1、2軍の垣根を取り払い実力至上主義を徹底させたことは支配下選手68人中60人が1軍で働いた数字を見ても分かる。監督とは、それだけチームを変える力量が求められる。

 9月27日、東京ドームで行われた本拠地最終戦(対DeNA)では「4番・捕手」として有終の美を飾った阿部。第2の野球人生がこれから始まる。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィルスポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。

PR

PR

注目のテーマ