「サッカーコラム」地に落ちた評価と期待

共同通信

 溺れる者はわらをもつかむ―。窮地に陥った者は、たとえ頼りないものであってもすがろうとするものだ。ところが、わが国のサッカー男子たちはトーナメントにおける「死」ともいえる敗退の危機に直面していても、悪あがきする姿をさらすのは見苦しいものだと考えている節がある。そして気づいたときには最悪の結果に終わってしまう。

 恥ずかしく、腹立たしい。新年早々、同じ思いを抱いている人が多いのではないだろうか。タイのバンコクで開催中の23歳以下(U―23)アジア選手権に挑んだ男子代表のことだ。グループリーグを2敗1分け。2014年に始まった同選手権で初のグループリーグ敗退という悲惨な結果で終えてしまった。大会前には「史上最強」ともてはやされていたにもかかわらすだ。

 この不名誉なグループリーグ敗退が、東京五輪の直前に起こることを予想した人はいないに違いない。少なくとも4強入りを果たし、6試合をこなして経験を上積みするというシナリオを誰もが考えていただろう。

 今回の男子五輪代表はどのメンバーで構成したチームを言うのかがいまだ分からない。このことは前回、指摘した。その不安が、悪い意味で的中してしまった。真剣勝負を戦い抜くチームとしての完成度は、サウジアラビアやシリアの方が日本より間違いなく高かった。

 日本サッカー協会の関塚隆技術委員長はシリアに敗れた後の取材で、次のように答えていたと報道されている。

 「自分としては間違った戦いをしているとは思っていません」

 そのコメントの根拠となっているのが、シリア戦のスタッツ。21対7のシュート数に加え、70%を記録したボール支配率から、内容では日本が勝っていたと主張したいのだろう。もちろん、シュート数やボール支配率が上回るに越したことはない。ただ、それも勝利という結果がついてきて意味がある。

 「内容では上回っていた」。年代別の日本代表が世界大会で敗れたとき、決まり文句のように口にしてきた言葉だ。しかし、現実のサッカーでは相手より多くゴールを挙げたチームが次のラウンドに進む。そのことを、日本のサッカー選手は理解した方がいい。

 サッカーはうまいチームが、必ずしも勝利する種目ではない。関塚技術委員長が日本リーグでプレーしていた1980年代の日本代表は、アジアでも今回のシリアのような立場だった。決してうまくはない。それでも86年のワールドカップ(W杯)メキシコ大会や88年ソウル五輪のアジア予選(当時はA代表が出場)で決勝に進み、本大会出場まであと一歩と迫ったことがある。かつての日本のように、技術的に優れていなくてもチームとして強さを発揮する国は珍しくない。そして、80年代の日本代表のようにFKのスペシャリスト木村和司や圧倒的なヘディングの強さを見せる原博実のようなチームを勝利に導く決定的な仕事ができる選手は、必ずいる。

 それにしても、シリア戦の後半43分に許した決勝点の失い方にはびっくりした。カウンターからダリが岡崎慎を置き去りにしてゴールに向かっているのに、右を並走する町田浩樹はカバーに入らなかった。中央のバラカトを気にしていたみたいだが、ボールを持つ選手がGKと1対1にならないようコースを狭めるのが守備の鉄則だろう。

 日本のサッカーは、絶対に忘れてはいけない大原則をおろそかにしているのではないだろうか。確かに選手たちのボール扱いはうまくなった。ただ、ショートパスをつなぐポゼッションサッカーの弊害か、長く正確なキックをできる選手が見当たらなくなっている。

 3―5―2―1の森保ジャパンで鍵を握る両アウトサイドの橋岡大樹と相馬勇紀が放つクロスは質が低く、ゴールの可能性がまるで感じられなかった。さらには、食野亮太郎と森島司が組んだ2シャドーがゴール前に詰めないため、1トップの上田綺世が孤立したことも原因として挙げられる。だが、それ以前に守られていない約束事があった。サイドからのクロスに対しては必ずニアとファーに入るという当たり前のことが全くできていないのだ。戦術は日々変わっても、サッカーの歴史で導き出された真理を無視して良いというわけではない。

 男子代表に対する評価と東京五輪への期待感は今や大暴落し、地に落ちたといえる。日本サッカー協会の田嶋幸三会長は今回のメンバーに関して「何人の選手が五輪の18人に入るのか。1人も入らないかもしれない」と語ったという。言葉だけを見ると、選手選びを再考するという意味に取れるが、それでは足りない。現状は緊急事態なのだ。監督の人選も含めて考え直さなければいけないだろう。

 東京五輪の開催が決まったのは2013年9月。6年以上の準備期間があったのに、まさかこんな状況になるとは…。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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