「サッカーコラム」強豪への道を歩き始めたJ1神戸

共同通信

 一般人から見るとプロになる選手というのは、学生時代から断トツにうまい。そんなプロでも選手同士を比べれば、技術の優劣はある。例えば、中村俊輔(J1横浜FC)は日本代表でもうまさが際立っていた。とはいえ、プレッシャーが掛からない状況でボールを蹴らせれば、ほとんどの選手がかなりの確率で狙ったところにボールを届けることができる。

 そんなプロ選手たち、しかもリーグチャンピオンと天皇杯王者という日本でも最高レベルのチームに属する選手たちが、9本も連続で11メートル先のターゲットにボールを蹴り込むことができない。それを思えば、PKとは技術以前にメンタルの影響が大きいのだと改めて認識させられた。

 8日に富士ゼロックス・スーパーカップが埼玉スタジアムで開催された。国内のサッカーシーズン到来を告げる一戦は、天皇杯王者のJ1神戸が3―3の同点からのPK戦を3―2で制した。J1チャンピオン横浜Mは敗れたものの、5人もPKを失敗すれば1人の選手が責任を背負い込まなくても済む。敗戦に良いということはないが、特定の選手が精神的ダメージを負わなかったのは幸いだった。

 スーパーカップは5人の選手交代枠など変則的なレギュレーションを採用している。それゆえ、公式タイトルに入れることには個人的にとても違和感がある。それでも試合の内容が攻撃的で面白かった。勝ち点を積み重ねる作業に専念するリーグ戦では、このような内容にはならなかったはずだ。

 最初に生まれたゴールを見ただけで、この試合に足を運ぶ価値があったのではないだろうか―。そう思わせるほどに、神戸・イニエスタのプレーはイマジネーションと技巧が高次元で融合した素晴らしいものだった。

 前半27分、左サイドの古橋亨梧の横パスを受けたイニエスタがドリブルを始める。横浜MはCBのチアゴマルチンスと畠中槙之輔がパスコースを消しにかかった。背後のスペースを取られないためだ。しかし、イニエスタの方が一枚上手だった。右サイドに流れていたドウグラスが、左斜め方向に動き直したのを見計らって芸術的なラストパスを通してみせた。

 チアゴマルチンスと畠中は忠実にコースをカバーしていた。地上にはボール1個通る隙間もなかった。ただ、それはあくまで二次元の話。イニエスタは三次元で考えていた。右足で柔らかくすくい上げられたスルーパスは、チアゴ・マルチンスと畠中の間にできたわずかな隙間を抜けて、ドウグラスの足元にぴたりと収まった。

 「彼(イニエスタ)と(一緒にプレー)できるというのは幸せなこと。自分の神戸での1点目が彼のパスを受けてのゴールというのが、なおさらうれしい」

 昨年、J1清水で得点ランキング3位の14ゴールをたたき出したドウグラスはイニエスタから「プレゼント」を受け取ると左足で冷静に決めた。後半19分に田中順也と交代するときにも、高校生のようにピッチに向かって礼儀正しくお辞儀をする「日本人的」ブラジル人。2015年に所属したJ1広島で優勝の原動力となったストライカーは、ビジャやポドルスキが抜けた穴を十分に埋めうる。さらに、守備にも献身的なことを考えると彼ら以上の貢献をチームにもたらす可能性は大きい。

 神戸が先行しては、横浜Mが追いつく。生まれた6ゴールは、それぞれに味があり見る者を飽きさせなかった。そこで分かったのは、神戸に変化が起きたことだ。昨季途中まではビッグネームを並べていただけのチームが、組織として機能し始めていることを感じさせるようになってきた。

 元日に行われた天皇杯でシーズンを終えた神戸。当然のように新チームの始動は遅くなった。トルステン・フィンク監督によれば「チームに加わって9日間くらいの選手もいる」という状態だった。昨年12月始めに終了した横浜Mと調整の面で差はある。後半に入り押し込まれたのは、フィジカルの仕上がりの違い。試合終盤に息切れするのは、想定されたことだった。

 「前半はある程度、力を持っていけたと思うんですけど、後半の60分以降というのは相手より準備期間(の短さ)があからさまに出たかな」

 攻守に渡って左サイドで存在感を示した神戸のDF酒井豪徳はこう語り、間近に迫ったリーグ開幕までにはさらにチームが上向くと自信を見せた。そして、精神面の変化がチームを向上させているとした。

 「自信というよりタイトルに対する欲というか。タイトルを取れるんだ、取りたいんだという欲がチームからすごく感じられる」

 チームにとって初タイトルとなる天皇杯を制したことで、現在の神戸には明らかな変化が表れてきている。

 新シーズン開幕の「つかみ」としては、最高な試合。娯楽性に富んだ派手な内容を目の当たりにし、早くもJリーグ開幕が待ちきれない。

 改めてサッカーは楽しい。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はブラジル大会で7大会目。

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