坂本龍一、新設・大島渚賞で小田香監督を自ら“提案”「ふさわしい映画がなかった」

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 自主映画の祭典『ぴあフィルムフェスティバル(PFF)』が新設した映画界の若く新しい才能を表彰する映画賞『第1回 大島渚賞』の授賞式が19日、都内で行われ、受賞した小田香監督や、審査員長として坂本龍一らが出席した。

【動画】大島渚監督との思い出を語る坂本龍一

 高い志で世界に挑戦する大島渚監督の“スピリッツ”を継承する監督を、期待と称賛を込めて表彰する同賞。審査員長の坂本のほか、『CURE』(1997年)、『叫』(07年)、『旅のおわり世界のはじまり』(19年)などで知られる黒沢清監督、PFFディレクターの荒木啓子氏が審査員を務めた。

 小田監督は、タル・ベーラ監督が指揮する若手映画作家育成プログラム『film.factory』に1期生として参加し、16年に同ブログラムを修了。15年にボスニアの炭鉱に入った作品『鉱 ARAGANE』が話題を呼び、17年にはエッセイ映画『あの優しさへ』が公開。19年には小田監督自らがダイビングを学んで水中撮影に挑んだ『セノーテ』を発表している。

 大島さんがメガホンをとった『戦場のメリークリスマス』(83年)で音楽を担当した坂本は「大島さんの顔を久しぶりに見ましたけど、この人に怒鳴られていたと思うと今さらながら怖いですね」と回想。「残念ながら、あらかじめ選んでいただいた候補には、大島渚の名にふさわしい映画はないと思わざるをえなかった。なので、僕のほうから(小田監督を)提案させていただきました」と明かした。

 小田監督を選ぶに至った理由については「常に国会や権力、歴史、国境に翻ろうされた人々に立ち向かってきた素晴らしい監督にふさわしい人は誰かと考えたときに、今の日本で考えたら小田香さんしかいないと思った」と説明した。

 小田監督は「命を人生をかけて、いま自分は生きているのか? ということを常に問いかけて、映画の道を歩んでいく所存です」と力強くスピーチした。

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