高橋真麻、フジ退社の理由とフリー転身後の苦悩明かす「打ちひしがれていた」

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 7年前にフリーアナウンサーに転向し、今年5月には母となった高橋真麻。かつては2世としての苦悩や世間の声に葛藤した時期もあったと明かしているが、その後、明るいキャラクターとバラエティセンスを武器にフジテレビの人気アナウンサーとして地位を確立。フリー転身後も『スッキリ』や『バイキング』など多数のレギュラー番組を抱え、変わらぬ需要を維持しているように感じるが、フリー転身後は「打ちひしがれていた」という。もともとは「大きな組織に属したいという思いがあった」と話す真麻がフジを退社した理由とともに、フリー転身後の心境を聞いた。

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■「コネ入社だろ?」相次ぐ2世批判にネガティブ悪化…変えてくれたのはやはり父の一言だった

――先月発売された『ネガティブだった私が見つけた、毎日ポジティブに過ごす秘訣』(宝島社)では、もとは“筋金入りのネガティブ”だったと明かされていて、驚きました。

【高橋】俳優・高橋英樹の娘ということで、物心ついたときから「うらやましい」と言われ、そのたびに「そんなことないです」って、大変で苦労したエピソードをアピールするようになってしまって。それに加えて、人の目を意識して、人の言っていることを気にするあまり、小さいことでウジウジ悩むようにもなって、自然とネガティブな人間が形成されてしまったんです。

――そんな真麻さんが表舞台に立つアナウンサーになりたいと思ったのはなぜなのでしょうか?

【高橋】父の仕事を見ていて、人に何かを伝えたり、表現したりする仕事に興味を持ったのがきっかけでした。ライターやデザイナーなどいろいろある中で、私は新聞や本を読み聞かせたり、何かを食べたときに自分の言葉でリアクションしたりすることが楽しかったので、アナウンサーになりたいなと。もう1つ、父を見ていて、突然病気や事故に遭って明日から働けなくなったら収入がゼロになるという不安定さをずっと考えてきたので、大きな組織に属したいという気持ちがありました。その2つがうまく交わったのが局アナだったんです。

――実際、フジテレビのアナウンサーになっていかがでしたか?

【高橋】いやー、もう、とにかくネガティブな要素しかありませんでした。まず、内定が決まった時点でネット上の掲示板に「高橋英樹の娘がフジテレビに内定したらしい」と出て、「コネだろう」から始まって悪口がいっぱい寄せられて。就職した後は、さらに大手サイトや新聞・雑誌に「コネ入社」とか「ブサイク」とかたくさん書かれて。私は大学2年の時からアナウンサースクールに通い、アナウンサーになるための努力を120%やってきた自負があったので、せっかく頑張って入社できたのに、“なぜ見ず知らずの人たちからこんなに叩かれなきゃいけないの?”って本当にショックで。加えて、今考えれば未熟だから仕方がないことなんですけど、夢と希望いっぱいで入社したのに、自分がやりたいことをやらせてもらえない、学生時代の比じゃないくらい人間関係に悩むなど、さらにネガティブな気持ちになることがいっぱいでした。

――どうやって乗り越えたんですか?

【高橋】父に「誰がやってもいい仕事こそ本気でやりなさい。そうすれば次からは『真麻にお願いしたい』となるはずだから」と言われたことが力になりました。その言葉を信じて、手元しか映らない中継やナレーションのお手本用の声収録といった世の中に出ない仕事も一生懸命やるようにしていたら、本当に少しずつ仕事が増えていって。と同時に、世の中の反応も「ニュース読みがうまい」とか「バラエティー番組で体を張ってやっているのがおもしろい」と変わってきて、自分のキャリアとアイデンティティが確立されていくにしたがって、ようやく自信が持てるようになりました。

■感じる“女子アナ”の変化「今までは局アナは自分の意見を述べちゃいけなかった」―― 一生懸命やり切る姿勢はバラエティー番組でも存分に発揮され、絶大な人気を集めました。真麻さんのその活躍によって、女子アナのイメージが変わり、活躍の場が増えていったようにも思うのですが。

【高橋】私の場合、バラエティーでめちゃくちゃ馬鹿やったり、イベントで本気で歌ったりしていましたけど、番組や会社を盛り上げるためにやっていたことだし、「ニュースを読みたい」というアナウンサーとしての軸があったからこそ、できたことでした。今、雑誌でもよく女子アナにスポットを当てた企画が組まれたりと、局アナの規制がだいぶゆるくなって、モデルや女優みたいなことをやりたいと思っている人にとってうれしい状況になっていますけど、アナウンサーとしての軸は持っていてほしいなと思いますね。

――本当にやりたかったのは報道だったということでしょうか。

【高橋】元々私の性格上、お笑いとかバラエティに出てコメントとかできるタイプじゃ絶対なくて、報道をバリバリやるんだろうなと思っていたので、今の状況は私が想像していたアナウンサー像とは全く違いますね(笑)。フジテレビは前向きな気持ちで円満に退社させていただきましたが、退社した理由の1つには、報道番組のレギュラーがなくなり、自分の軸となる仕事ができなくなってしまったという理由もあったんです。しかし今では、それが自分の道を広げてくれたと思っていますし、(報道を外す決定をした)上司に対して、感謝もしています。

――近年、アナウンサーは“タレント”と同じような扱いをされることが多いと感じるのですが、アナウンサーの変化をどのように感じていますか。

【高橋】今までは、局のアナウンサーは自分の意見を述べちゃいけなかったんです。しかし、それが変わり始めていて、報道番組のメインを務める三田友梨佳アナや他の局アナにしても、自分の意見を求められるようになってきていると感じます。これまでは局アナの発言がそのまま局の意見だと捉えられてしまっていた。ここ数年で視聴者の方の目線も変わり始めてきているのかなと思います。

■“求められるものが分からなかった”フリー転身後、「大切なことは局アナもフリーアナも同じだと気づいた」

――フリーアナウンサーに転身して、制作側から求められることに局アナ時代と違いを感じられますか。

【高橋】局アナの場合、どういう使い方をしたら面白いかを制作サイドがわかっていて起用されますが、フリーになると、初めましてのスタッフさんがほとんどで、自分に何を求められているのかわからないことが多いんです。私もフリーになりたての頃は、どう振舞っていいかわからなくて、体感的にはフルスイングしているんだけど空振りばかりで打ちひしがれることもありました。ただ、大切なことは局アナでもフリーアナでも同じだと思っていて、まず、現場の方に「今日は真麻を呼んでよかった」と思ってもらえるような、求められている以上のパフォーマンスをすること。そのうえで、視聴者の方が「おもしろい」とか「良かった」と言ってくださって、かつ視聴率という結果がついてくること。そこを目指して常に仕事をしています。

――最後に今後の目標は?

【高橋】長く売れない時期があったので、私は来た仕事を積極的にやる“積極的受け身”で、自分からこれやりたいあれやりたいというのがないんです。そういうスタンスでいると、自分の想像しなかった仕事が来たり、自分の中でやりたいと思ってもみなかった新しい仕事が来たりするので、それでいいかなって思っています。ただ、ストレートニュースを読みたくてアナウンサーを目指して頑張ってきたので、いつかはまた、やれるといいですね。夜の帯のニュース番組のキャスターとかをやりたいのかって思われるんですけど、そうではなくて、1~2分のニュース原稿を読むだけでもいいんです。これからも等身大で、背伸びせず、いただいたお仕事を一生懸命頑張りたいと思います。

(取材・文/河上いつ子)

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