「サッカーコラム」27歳で進化を続ける「リンクマン」

共同通信

 このコロナ禍の中、10月から2カ月連続で組まれたサッカー日本代表のフレンドリーマッチ。中立地となる欧州で行われたこともあって、日本で開催するときと違い相手チームのコンディションも整っていた。「本当の腕試し」といえるだろう。それを思えば、結果とともに内容を重視することが必要だ。

 11月13日にオーストリアのグラーツで組まれたパナマ戦は1―0で勝利した。10月にオランダで行われたカメルーンとコートジボワールの2試合に続いて無失点で終えた。もちろん、細かい注文はたくさんあるし、失点していてもおかしくない場面もあった。それでも、チーム作りの基盤となる守備が安定しているということは、今後の「肉付け」がしやすいのではないだろうか。

 10月の2試合では4―2―3―1を用いていた。パナマ戦で森保一監督は3―4―2―1の新布陣を採用した。開始2分の右サイドで得たFK。久保建英のクロスから橋本拳人がドンピシャリで合わせたヘディングが決まっていたら、前半から内容は違っていただろう。しかし、シュートはGKメヒアの正面をついてしまった。

 3バックは、守備時にウイングバックの両アウトサイドが最終ラインに加わり5バックになる。ピッチの横幅は68メートルなので、単純に計算すれば4バックの選手が担当するのは17メートル。一方、5バックでは13・6メートルとなる。3・4メートル短い方が、当然のことながら最終ラインを突破されにくい。ただ、攻撃時にウイングバックが前方に出ていくには時間がかかる。それゆえ、中盤でボールを保持し、攻め上がる時間を作り出さなければ攻撃に厚みを持たせることは難しくなる。

 誰か特定の選手という訳ではなく、前半は日本の選手の距離が遠かった。パスの精度も全体的に低かった。加えて、長友佑都と室屋成の両翼が最終ラインに吸収される時間も長く、効果的な攻撃を仕掛ける場面が限られていた。

 様相が一変したのは後半に入ってから。日本の交代選手は、遠藤航だけだった。しかし、この遠藤が日本のリズムを劇的に変えた。

 J1浦和からベルギーのシントトロイデンを経て、2019年にシュツットガルト(ドイツ)に期限付き移籍。ブンデスリーガ2部での活躍が認められ今季前に完全移籍に切り替わった。初のブンデスリーガ1部では抜群のプレーを見せ、世界でも最も権威のあるサッカー専門誌「キッカー」でMF部門の1位の評価点を得ているという。正直、どこまで成長したのか疑問だったのだが、プレーを見ればなるほどと思わされた。

 日本にいるときからボールの奪取能力は抜群だった。外国人選手を相手にしても、当たり負けをしない、いわゆるデュエルに優れる選手だ。ブンデスリーガでの成功は、そこに自信を与えた。カットされればカウンターを受けかねない縦パスを、こともなげに通すのだ。パスに関してはダブルボランチを組んだ柴崎岳の方が一枚上と思っていたのだが、少なくともこの日に限っては遠藤のほうが攻撃陣を操るボールを効果的に出していた。

 今でこそ、「自動車のハンドル」を意味するボランチという言葉が定着しているが、昔の守備的MFは「リンクマン」と呼ばれていた。文字通り、守備と攻撃をリンクさせる選手のことだ。最終ラインからボールを引き出し、それを前線に正確につなぐ。遠藤がそれをシンプルにできるのは、ポジション取りが良いからだ。

 単純なことだが、相手がパスコースを切ってきても、動き直しをして味方に対して顔をさらす。ボールを持っている選手と自分との間に、相手選手が被らない所に移動すれば、味方はパスを出してくるのだ。

 後半16分、唯一の得点となった南野拓実のPKが生まれる。PKにつながったファウル獲得に至る過程もリンクマン遠藤のシンプルなつなぎが起点となった。右CBの植田直通がボールを持つと、遠藤は植田の視界に入るセンターサークル中央にポジションを移した。パスを左足で受けると前を向く。

 次のタイミングに右足で久保にパス。ボールを受けた久保もターンしながら左足でボールをコントロール。体は右方向を向きながら左足のアウトサイドで左に流れる南野にスルーパスを出したのだが、このタイミングで出されたらDFは対応できない。南野のGKのファウルを誘うボールタッチも含め、一連のプレーがすべてかみ合った瞬間だった。南野のPKこそ、ちょっと危ないコースだったのだが。

 もっと多くのゴールを決めなければならなかったし、失点していてもおかしくなかった。その中で間違いなく、一番のインパクトを残したのは遠藤で間違いない。

 「シンプルにブンデスでやっていたところを出せたという印象です」

 その言葉のなんと頼もしいことか。自身の考える当たり前のレベルが上がれば、当然のことだがチーム全体として強くなる。これまで日本代表のボランチの遠藤といえば、「保仁」だった。そのイメージを「航」が塗り替えられるのか。27歳で進化を続けるリンクマンを見ると、個人としてもチームとしても日本代表にはまだまだ伸びしろがある。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材はロシア大会で7大会目。

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