補聴器つけたグラビアアイドル・我妻ゆりか、いじめや葛藤乗り越えて…「コンプレックス抱えたままでも、やりたいことを実現できる」

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 先天性の感音性難聴で、小学生の頃には耳が聞えないことが原因でいじめられ、青春期も補聴器をつけていることが恥ずかしいと思いながら過ごしてきたという我妻ゆりかさん。ずっと「普通の子でいたい」と思い続けてきた彼女だが、あるとき、ありのままの自分を出せる “被写体”という役割を見つけた。信頼できる大人に出会ったことで芸能活動を始め、補聴器をつけたまま雑誌の表紙を飾るまでになった我妻さん。つらい経験を経て、コンプレックスを武器に変えることができたきっかけとは? 現在の心境を聞いた。

【写真】健康的な美ボディ炸裂! 補聴器をしたまま『スピリッツ』初表紙を飾った我妻ゆりか

■小学生時代は耳のせいでいじめも…、「聞こえているふり」をして人を避けた

――テレビや雑誌などメディアへの露出が増え、どんな反響がありましたか?

【我妻ゆりか】一番多かったのは、「勇気をもらった」「元気が出た」という声ですね。私と同じ経験をして、自分の殻に閉じこもってしまった人、周りから理解を得られずに苦しんでいる人はとても多いと思うんです。私が補聴器をして撮影したり、いろんな場所に出ることで、少しでも誰かの希望や元気のもとになれたのなら、すごく嬉しいです。

――我妻さんの感音性難聴は先天性のものだそうですが、小さな頃はどのように過ごしてきたんですか?

【我妻ゆりか】難聴だと判明したのは、保育園のころです。自分としては、小さい頃から補聴器をつけていたので違和感もなかったし、何も意識せず生活していました。でも、小学校4年生くらいで自分が周りと違うこと、普通じゃないことがわかってきて…。周りの子も、私が何度も聞き返すと、キレたり、面倒くさがるようになったんです。小学生って、言動にあまり気を使わないから、仕方ないですよね(笑)。そういう反応をされるのが嫌だったので、私もだんだん“聞こえているふり”をするようになり、そのうち人と関わること自体を避けるようになりました。

――いじめも受けたということですが、大人に助けを求めなかったんですか?

【我妻ゆりか】私が周りから避けられていることに親や先生たちは気づいていて、心配してくれていたんです。でも私は、いじめられているということが恥ずかしくて、「大丈夫、楽しいよ」と大丈夫なようにふるまい、誰にも相談できませんでした。

――つらい小学生時代を過ごしましたね。中学になったら周りも少し大人になって、理解されることも増えた?

【我妻ゆりか】そうですね。新しく出会う人ばかりで、みんな優しく接してくれました。そのおかげで、「嫌われる、嫌われないということに補聴器は関係ない」と気づけたんです。友だちもできたし、私も普通の子になれたと思いました。とはいえ、やっぱり補聴器を付けていることに引け目はあって。いつも髪を下ろしていたし、好きな先輩の前では慌てて隠したり(笑)。

――思春期だと、よけいに気になりますよね。

【我妻ゆりか】はい。高校生になってからも相変わらず補聴器を隠す生活だったんですけど、ひとつ答えが出たこともあって。私、音楽が大好きなんですが、小さい頃から上手に歌えなかったんです。同じく、英語の発音も苦手。なんでだろうと思っていたんですが、それは耳が聞こえないせいなんだと、高校でやっと気が付くことができたんですよ。周りの人は「やればできるよ!」と励ましてくれたけど、なぜできないのかがわからなくて、苦しかった。でも、できないのは耳に原因があるんだとわかって、少しほっとしたんです。

■「音を必要としない自由な世界」で被写体に、でも補聴器は隠して…

――その高校生の頃に、写真に撮られることが好きになったんですよね。具体的にどんな活動をしていたんですか?

【我妻ゆりか】撮影の被写体になったりしているうちに、「写真を撮ってもらうのって楽しい!」と感じるようになって。それからフリーモデルのような活動をするようになりました。ステキな写真を撮ってくださるカメラマンさんと知り合ううちに、私は撮られることも、写真にこだわる人と話をすることも好きなんだなと気が付いたんです。

――なぜ、撮られることが好きなんだと思いますか?

【我妻ゆりか】自分では絶対に選ばないような服を着たり、なかなか行けないところで撮ってもらったりすることで、違う自分になれるのが嬉しかったのかな。私はずっと弱点を持って生きてきたから、何か強みが欲しい気持ちもあったんだと思います。それに、写真は私にとって、音を必要としない自由な世界。たくさんのカメラマンさんに写真を撮ってもらうのも、すごく楽しくて。

――そのころ、補聴器は?

【我妻ゆりか】当時はまだ、どこかで「補聴器は恥ずかしい」という気持ちはあって。自分から相手に、補聴器のことを明かすことはなかったですね。やっぱり…、普通の子でいたかったから。

――それを払拭できたきっかけは何だったのでしょうか。

【我妻ゆりか】それは、今のマネージャーさんとの出会いです。熱心に声をかけてくださったんですが、芸能界に興味はなかったし、直接会うことはしませんでした。それでも、何度も連絡をくれて、私も「こんな自分でも必要としてくれるのかも」と、だんだん前向きに考えられるようになったんですよね。

――初めて会ったときはいかがでした?

【我妻ゆりか】会うことになったとき、「でも私、難聴で補聴器をつけているんですよ」と再確認したんです。そうしたら、「そんなこと気にするやつ、いるの?」と言ってくれて。それまで私が会った大人は、私を傷つけないように気遣ってくれるけど、優しく拒む人ばかりでした。だから私も、大人は嘘つきだと思っていて(笑)。でも、こんなことを言ってくれる人もいるんだと知り、同時に、補聴器をつけた自分でも大丈夫なのかもしれないと、初めて思うことができました。

――そんな葛藤を抱いた時代を経て、今では漫画雑誌『週刊ビッグコミックスピリッツ』の表紙を飾ったり、数々の雑誌に掲載されたりと、活躍していますね、自分に自信が持てるようになった今、補聴器はコンプレックスではなくなりました?

【我妻ゆりか】そうですね。雑誌の撮影は、以前の自分なら考えられない世界の出来事だったと思うんです。でも、実現することができた。補聴器を付けた写真集なんて、今までなかったと思いますし、コンプレックスだったものを抱えたままでも、やりたいことを実現できるんだなと感じています。今は、もっともっと、いろんなことにチャレンジしたいなという気持ちでいっぱいです!

――具体的に、何か挑戦したいことはあるんですか?

【我妻ゆりか】最近、耳が聞こえなくてもできるミュージカルやダンスがあることを知ったんです。これからいろいろ調べて、手話を取り入れた歌や演技も勉強したいなと思っています。

――我妻さんと同じように、障害や病気でつらい思いをしている人、悩んでいる人に伝えたいことはありますか?

【我妻ゆりか】まずは、自分で自分を理解することが大事だと思うんです。とにかく、できないことで自分を責めないでほしい。だって、あなたは何も悪くないんだから。障害があっても仕事を頑張り、そんな私を見て、勇気を持ってくれる人、理解を示してくれる人が少しでも増えてくれたら嬉しいです。私もこれから、もっと新しい自分に出会えるように頑張ります。一緒に頑張りましょう!

(文:川上きくえ)

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