走塁の重要性認識し7季ぶりの勝利

共同通信

 東大のブランド力は、いつの世も絶大である。

 テレビをつければ、クイズ「東大王」が話題を呼び、TBS系列で放送されているドラマ「ドラゴン桜」では東大入学を目指す劣等生と熱血先生の戦いが高視聴率を叩き出している。

 ここまでは学力の話。スポーツの世界に目を移すと、東大は決して目立つ存在ではない。むしろ劣等生かもしれない。

 東京六大学野球の春季リーグで「弱い東大」が勝った。5月23日の法大戦。プロも注目する法大の山下輝投手を相手に2点を先制すると、奥野雄介、西山慧、井沢駿介の3投手で完封リレー。2017年秋から続いていた(3分けを挟む)連敗を64で止め、7季ぶりの白星を挙げた。

 今季の東京六大学リーグはコロナ禍にあって、昨秋に続いて2回戦総当たりで勝ち1、引き分け0・5、負け0の「ポイント制」を採用している。たかが1勝かもしれないが、それでもニュースになるのは東大ならではだ。

 東京六大学リーグは特殊な組織である。他の大学リーグは1部、2部、3部との入れ替え戦を行い、切磋琢磨していくのが一般的だが、東京六大学リーグだけは所属大学を固定。いくら東大が弱くても、降格はない。

 それでいて、リーグのレベルは高い。昨年のドラフトでも早川隆久(早大―楽天)、木沢尚文(慶大―ヤクルト)、入江大生(明大―DeNA)、鈴木昭汰(法大―ロッテ)の4投手がドラフト1位指名でプロ入りしている。

 名門リーグに憧れて全国の野球強豪校から逸材が集結するからだ。そんな中、学業優先で集まった東大生が勝てるチャンスは限られる。

 昨年監督に就任した井手峻氏は、元中日のプロ出身。東大で4勝をマークした横手投げエースは1966年、ドラフト3位で入団した。

 ドラフト制後初の東大出身プロ選手として脚光を浴びたが、その後野手に転向するなど苦しいプロ生活が続いた。

 それでも、その頭脳が買われたのだろう。現役引退後に中日のコーチや2軍監督を歴任、13年には球団代表も務めている。

 久しぶりに母校に戻った井手監督は選手の意識改革に着手する。

ライバル校に比べて、身体的にも技術的にも劣る部員を率いてどうすれば勝利をつかめるか。

 もちろん精神面や技術の向上は必要だが、目を付けたのは走塁だった。「足にスランプはない」とは野球界の格言だが、ここに「ID野球」を落とし込んだのだ。

 昨年秋に「アナリスト部門」を新設。斎藤周学生コーチをリーダーとして、弾道測定器などを駆使して、緻密なデータ分析を行った。その結果、数少ないチャンスを生かすには、走塁の重要性を認識して、それを部員が共有するという結論に達した。

 7季ぶりの勝利となった法大戦でも、2回二死から死球で出塁すると、代走に起用された阿久津怜生が50メートル6秒1の俊足を生かしてすかさず二盗、この直後に松岡泰希の適時打で先制点をもぎ取っている。

 相手バッテリーの配球はもとより、どんな場面でどんな手を打つのが最善か。すべてをアナリストが分析したうえでの挑戦だった。

 春季リーグ10試合で24盗塁はリーグトップ。こうした意識の浸透で、1試合平均得点も昨秋の1・4から今春は2・2に増えた。これこそが「弱者の兵法」である。

 現在、120人以上の部員数を抱える東大だが、戦力の充実と底上げは、いつでも抱える課題だ。

 俊足の阿久津はアメリカンフットボール部からの転向組。多くの新入生は厳しい受験勉強を経て野球部に入部しても、まずは体力作りから始めなければならない。

 こうした環境下にあって今春、「大物ルーキー」の入学が話題を呼んだ。あの大谷翔平(エンゼルス)や菊池雄星(マリナーズ)らを輩出した岩手県の強豪・花巻東高から初の東大生が誕生したのだ。

 2浪を経て難関を突破したのは外野手の大巻将人。経歴も18年の春季東北大会でベンチ入りするなど、活躍が期待できそうだ。

 これまでにも、桑田真澄氏(現巨人コーチ)や谷沢健一氏(現野球評論家)らプロ出身者が指導に当たってきた。

 地道な努力の末に7季ぶりの勝利を手にしたが、次の目標は勝ち点を挙げることだ。

 得意の頭脳戦も駆使するニュー東大。果たして秋にはどんな進化を遂げているだろうか。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。

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