日本野球が悲願の五輪金メダル

共同通信

 野球日本代表、通称「侍ジャパン」が東京五輪で頂点に駆け上がった。

 8月7日に行われた米国との決勝は2対0の完勝。この大会では5戦全勝と盤石の試合運びで悲願であるオリンピック初優勝を成し遂げた(1984年ロサンゼルス五輪で優勝しているが、当時は公開競技)。

 世界的には水泳、陸上、サッカーやバスケットボールなどの人気スポーツに比べ競技人口も少ない野球は、2008年の北京大会を最後に五輪の舞台から外されてきた。

 13年ぶりの檜舞台は野球大国・日本をアピールする絶好の場となったが、同時に地元開催であり、金メダル奪取を宣言して結果を出すという重圧もあった。

 勝利の瞬間、男泣きした稲葉篤紀監督の胸中には、過去に夢を果たせなかった長嶋茂雄(2004年アテネ大会3位。五輪前に病に倒れ中畑清監督代行)、星野仙一(2008年北京大会4位)両監督が果たせなかった日本球界の念願を達成した喜びと安堵の思いがあったはずだ。

 野球競技のMVPには山田哲人内野手(ヤクルト)が選ばれた。だが、山田に勝るとも劣らない働きを見せた男がいる。捕手の甲斐拓也(ソフトバンク)だ。

 強力な投手陣を擁し、堅い守りと隙のない小技を駆使した攻撃で対戦相手を撃破していくのが稲葉ジャパンの特徴。そのすべてで輝きを見せたのが甲斐だった。

 初戦のドミニカ共和国戦では、2点をリードされた9回に同点スクイズを決めてサヨナラ勝ちにつなげた。

 準々決勝の米国戦も延長タイブレークの接戦にもつれ込んだが、10回裏1死二、三塁で打席に立つと、右越えにサヨナラ打を放った。

 準決勝の韓国戦では、8回の満塁機に山田が決勝二塁打で決着をつけたが、直前に四球を選んで好機につなげた甲斐のしぶとさが光った。

 この試合では韓国打者の放った飛球をベンチ前まで追ってフェンスに激突しながら好捕するなど、闘志あふれるプレーがチームに勇気と活気をもたらした。

 大会通算3割8分5厘と打ちまくった「9番捕手」の功績はこれだけにとどまらない。

 日本の攻撃中、ベンチにいる甲斐がブルペンと電話で連絡を取るシーンがテレビ画面にも映し出された。

 稲葉ジャパンのコーチ編成は5人。本来なら村田善則バッテリーコーチがブルペン担当でもおかしくないが、指揮官は甲斐に特別な任務を与えている。

 登板が予定される救援投手と甲斐が直接会話し、相手打者の特徴や攻略ポイントを事前に確認する。

 こうした細やかな作業が栗林良吏(広島)、伊藤大海(日本ハム)といった若手投手が活躍できる下地を作っていたのだ。稲葉監督が、どれだけ甲斐に信頼を寄せていたかが分かる。

 甲斐は五輪開幕前、代表に選出されると偽らざる心境を語っている。

 「選ばれることは名誉なことですが、決して楽しい場ではないですから」

 『扇の要』と呼ばれる捕手の苦しみはすでに始まっていた。短期決戦はディフェンス勝負。まず自チーム投手陣の特徴から長所と短所を洗い出す。いずれも各球団のエースクラスだから、全員と呼吸を合わせるだけでも大変な作業になる。

 さらに、大会直前には対戦相手の打線の対策が練られる。

 代表の分析班が調べ上げた膨大なデータをもとに攻略ポイントを確認してリードに生かしていく。こうした作業を、試合をしながらこなしていくのだから想像を絶する激務である。

 2017年、侍ジャパンに稲葉監督が就任すると、いきなり代表に呼ばれた。以来、すべての国際ゲームに招集されたのは甲斐だけである。

 「甲斐キャノン」と称される鉄砲肩は最大の武器で、年々リード面でも幅広さを増し、打撃も成長している。育成出身の雑草が、今では日本を代表する捕手になった。

 一昨年、背番号を「62」から「19」に変えた。ソフトバンクの前身である南海ホークス時代に名捕手・野村克也さん(故人)が付けていた番号である。

 その野村さんが捕手として一番評価していたのが甲斐だった。

 ある時、捕手の習性を問われ「良かったことより、後悔することの方が印象に残っている」と答える甲斐に、辛口評論で知られた野村さんが「間違いなく名捕手になる」と太鼓判を押したと言われる。

 7月28日に福島あづま球場で初戦を戦った稲葉ジャパンは8月7日、横浜スタジアムで米国との再戦を制し金メダルにたどり着いた。

 激闘の11日間。24人の侍戦士を出迎え、一人一人と抱擁を繰り返した稲葉監督は最後に甲斐を誰よりもきつく抱きしめた。

 「苦しかったですね。でもこうやってみんなで喜び合えて嬉しい。自分のプレーよりもチームが勝ったことが一番」

 いかにも甲斐らしい言葉だった。

荒川 和夫(あらかわ・かずお)プロフィル

スポーツニッポン新聞社入社以来、巨人、西武、ロッテ、横浜大洋(現DeNA)などの担当を歴任。編集局長、執行役員などを経て、現在はスポーツジャーナリストとして活躍中。

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