残留争いの経験の差が出た最終節

共同通信

 第三者から見れば、有利な立場にあることは明らかだ。それでも不安要素がゼロでない限り、当事者たちのネガティブな思いは増幅されていく。

 J1最終節が行われた12月4日。その前夜、最後までJ2降格の可能性のあった清水エスパルスに関わっている人が語っていた。「今夜はろくに眠れないと思う」と。

 第37節を終え、J2降格は残り1チーム。15位清水、16位湘南ベルマーレ、17位徳島ヴォルティスによる三つどもえの残留争い。勝ち点で並ばれてしまうと、得失点差でマイナス18の清水はライバルたちに追い抜かれてしまうという状況だった。最上位にいる清水が降格するのは、清水が負けて湘南と徳島が勝った場合だけなのだが、考え方によってはかなり微妙な気持ちになる立場だった。

 降格の危機に直面しているチームは、精神的に追い込まれるのだろう。さらに、この試合しかない状況と、数試合を残している状況とでは、プレッシャーのかかり具合は大きく違う。昇格と降格。サッカーという競技の緊張感を最後まで保つ優れた要素でもあり、残酷なレギュレーションでもある。最終節は午後2時予定の同時キックオフ。

 結論から言えば、勝つことが絶対に必要だった徳島が前半9分、11分と早い時間帯に失点したことで、他の2チームはかなり精神的に楽になった。清水の平岡宏章監督は「私のところには徳島の情報が入っていました。選手にはまったく伝えていませんが」と話していた。そのような状況で目の前の試合に集中した清水の戦いが素晴らしかった。

 セレッソ大阪を迎えた清水は、引き分けでもいい立場だった。しかし、試合終盤ならまだしも、最初から引き分け狙いのサッカーをするのは簡単ではない。その意味で攻めに出たことが。結果としてよかったのだろう。

 先制点はセレッソが挙げた。前半35分に左CKを逆サイドで待ち受けた大久保嘉人が右足ボレー。清水の竹内涼に当たったボールがオウンゴールになった。

 徳島の状況を知らないで戦っていた清水の選手の精神状況は想像できない。ただ、最高のタイミングで同点ゴールが決まった。前半アディショナルタイムの左からのFK。西沢健太の正確なキックを鈴木義宣が右足でダイレクトに合わせ同点ゴールを奪った。

 リードされているのと追い付いて同点になっているのとでは、気持ちに大きな違いがある。それが後半6分のスーパーゴールを生んだといってもいいだろう。セレッソがクリアしたボール。それをペナルティーエリア右外で拾ったのが西沢。右足のFKのスペシャリスト。「僕の左足はあまり注意されていないというか、危険だと思われていない」。カットインからの左足だった。豪快に振り抜いたボールは、ポスト際で急激に弧を描きゴール左上隅に突き刺さった。まさにスーパーショットだった。

 2―1とリード。1点失っても引き分けという「大丈夫な状況」がつくりあげられた。その結果、日本代表のGK権田修一を中心とする守備で2点目を許さなかった。平岡監督が就任して4試合。最初の引き分けの後、3連勝。清水は驚くような底力を発揮して危機を脱した。

 前節で徳島との直接対決に敗れ、勝ち点で並ばれた湘南。11月下旬にブラジル出身のオリベイラが急性うっ血性心不全で急死。23歳の若さだった。徳島戦は、その数日後の27日。メンタル面を考えれば、およそ戦える状況ではなかったはずだ。ただ、最終節のガンバ大阪戦は違った。日本代表のGK谷晃生に代わってゴールを守った富居大樹は「オリ(オリベイラ)に関してはしっかり別れを告げることができたので、今週に関してはそれはただの言い訳にしかならない」という気持ちで試合に臨んだ。

 結果は残留を引き寄せる0―0の引き分け。確かに勝つことはできなかった。ただ、ガンバの3本に対し、前半34分と40分に放った大橋祐紀のヘディングシュートなど湘南は13本。選手たちの気迫に満ちた試合はシュート数で圧倒していた。最後まで諦めないで走り切る湘南の心の強さは、この試合でも発揮された。

 得失点差では離されたものの、勝ち点では16位の湘南に1差で戦いを終えた徳島。新型コロナウイルスの影響で新任のダニエル・ポヤトス監督の合流が4月中旬となったのは大きなハンディだった。直接指導ができなかった開幕からの失われた約2カ月がなければ、差は埋められたかもしれない。ただ、いまさらそれを言ってもしょうがない。徳島はJ1を初めて戦った2014年、最下位の18位だった。その時は3勝5分け26敗の勝ち点14。それが今季、チーム増で4試合多かったとはいえ、10勝6分け22敗で、勝ち点は倍以上の36に増えた。これは間違いなく進化だろう。

 最終節、清水と湘南は実力を発揮し、徳島はプレッシャーにつぶされた感がある。清水と湘南は最近も降格の危機を経験してきたチーム。一方、徳島はJ2を舞台にJ1昇格しか見てこなかっただろう。そこを考えると、最終節での残留争いは、経験の差が出たといえる結末になった。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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