日本と同組になり「死のグループだ」と嘆く

共同通信

 北国の地方都市でボールを蹴っていたころ、サッカーは欧州と南米による専有の競技だと思っていた。だから南アフリカでW杯が開催されたときには、時代が変わったのだと感慨深いものがあった。その2010年から始まったコラムも、今回が最終回。これまで掲載に携わってくれた方々、そして何よりも読者の皆様には感謝しかない。

 僕はマラドーナと同じ1960年生まれ。周囲が野球一色の日本で、サッカーをやっていた者は「マイノリティー」だった。今では想像できないだろう。ただ、メジャーではない競技に関わったことが結果的に幸運だった。現在ではサッカーはW杯のたびに国民的な注目を集めるほどの関心事になっている。その浮上する過程をつぶさに見ることができたからだ。

 今回で出場7回目。日本のW杯出場が当たり前になった現状で、1997年11月16日のジョホールバルでのイラン戦の喜びを知る関係者も少なくなってきた。当時、現場の最前線に多くいた「マラドーナ世代」の記者たちは、言葉では表現できないほどの幸福感と達成感を選手やスタッフたちと共有することができた。もちろん現地に足を運んだサポーターとも。それはまれな体験だった。

 特に、その4年前にカタールのアルアリ・スタジアムを経験している者は特別だった。「ドーハの悲劇」を生で目にした人たちの絶望から歓喜への振れ幅があまりにも大きかったのだ。それもあり、人生であまり経験できないであろう最上級の感情を得ることができた。

 サッカーがプロ化するまで、日本のスポーツ界を取り巻く環境は特殊だった。サッカーに限らず、ほとんどすべての競技の用語が野球と大相撲の用語に置き換えられることが多かった。「完投」や「土がつく」「白星黒星」という二大人気競技の用語が、他の競技でも普通に使われていた。その意味で、今年30年目のシーズンを迎えたJリーグの誕生はサッカー独自の用語を持つ上でも大きな役割を果たした。

 Jリーグのリーグ戦が開幕したのは1993年。だが、前年の1992年に「オリジナル10」によるJリーグのカップ戦でプロとしての活動は始まった。それまでアマチュアだったチームがプロクラブに移行した。当然、広報活動も盛んになった。そのような時期に、名古屋グランパスが広報誌を発刊するにあたり、巻頭のコラムを頼まれることになった。書いたのは「ファン」という言葉は使わずに、これからはサッカーでは「サポーター」という言葉を使おうという内容だった。

 その数カ月前、ロンドンに住んでいたサッカー好きの友人が帰国した。本場のイングランドでは、とにかくサッカーなら何でも好きというファンはほとんどいない、自分の好きなクラブを支持(サポート)する、だから「サポーター」なんだ、という話を聞いた。

 名古屋の広報誌に書いた原稿は、予想しない広がりを見せた。全国紙から取材を受け、それが新聞に載ると「サポーター」という言葉は一気に広がっていった。驚いたのは、その後、ある相撲部屋がこの言葉を使い「サポーター制度」を立ち上げたことだ。「サポーター」は相撲界にサッカー界が逆襲した数少ない用語だったのかもしれない。

 Jリーグ発足時の日本のスポーツ界は「野球脳」に支配されていた。当時、僕はスポーツ紙で原稿を書いていた。初老のデスクは選手の状況を聞くとき、よくこう質問した。「それでナインの表情はどうだった」。いつも心の中で「それはイレブンだ」と反論していたことを思い出す。野球と大相撲の担当は別扱い。それ以外は、サッカーも含めアマチュア担当というくくりになっているスポーツ紙は多かった。

 サッカーから新しい用語をスポーツ界に取り入れる動き。個人的に思うのだが、背景には用語の多くを野球に支配されるのが嫌だという感情があったのかもしれない。野球以外を経験してきた記者たちは、新しい表現を求めていたのではないか。

 典型的な言葉がある。野球で使われる「ビジター」。野球以外ではJリーグ発足とともに一瞬にして「アウェー」に変わった。文字数の限られる新聞紙面では「完封」という用語は使い勝手がよいので現在も使われている。それでも近頃、雑誌などでは無失点を表す「クリーンシート」など、サッカーの用語が使われることも増えてきた。

 企業スポーツから抜けられなかったサッカーが、Jリーグという形で地域に根差したプロ化を図った。それが口火となり、その後、多くの競技が日本でもプロ化した。

 Jリーグが開幕した1993年。スタジアムにはチアホーンというラッパの音がけたたましく鳴り響いていた。それが時代とともに声や手拍子によるチャントに変わっていった。時の流れは、常識を変えていくのだ。それを考えれば、次の30年あまり、世界のサッカーシーンは次のように変化しているかもしれない。「W杯で日本と同じ組に入ってしまったよ。死のグループだ」。こう言っているのは、もちろんドイツとスペインの関係者や「サポーター」。そんな時代を見てみたいものだ。僕は生きているか分からないけれど。

 僕がサッカーを始めた時代と違い、このスポーツは地球上を覆い尽くすほどの巨大な規模となった。ただ、普遍なことがある。スポーツは平和で公平な世の中で成り立つということだ。4年前のこの時期、W杯が開催されていたロシアでの生活を楽しんでいただけに、なおさら思うことだ。

 皆様、これまで本当にありがとうございました。お元気で。

岩崎龍一(いわさき・りゅういち)のプロフィル サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。ワールドカップの現地取材は2018年ロシア大会で7大会目。

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