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柔道楽しむ幸せ届けた 東日本大震災で被災、大川小卒業生の石巻工・只野主将

男子2回戦で、組み手争いをする石巻工の只野哲也選手(左)=23日、福岡市博多区のマリンメッセ福岡
男子2回戦で、組み手争いをする石巻工の只野哲也選手(左)=23日、福岡市博多区のマリンメッセ福岡
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 東日本大震災の津波で児童、教職員計84人が犠牲となった宮城県石巻市立大川小の児童だった石巻工(宮城)の只野哲也主将(3年)が金鷲旗高校柔道大会の青畳に立った。一昨年、昨年は控えで終わった金鷲旗に主将として出場。昨年の熊本地震、7月の九州豪雨と災害が続く九州で柔道をする意味を考えた。「つらい気持ちで来ている人もいると思う。会場のみんながいつも通り、柔道を楽しめるよう盛り上げたい」。惜しくも、23日の3回戦で敗れたが、柔道ができる幸せを畳の上で表現した。

 東日本大震災時、大川小にいた児童で助かったのは只野さんを含め4人だけ。当時、小学5年だった。

 海抜約1メートルの校庭から、教師の指示で列になり、橋のたもとの堤防道路に向かった。校庭より約6メートル高い場所だった。すると、川から波があふれ、民家を巻き込みながら土煙のように立ち上るものが見えた。

 身の危険を感じて、山に向かって必死で逃げ、山肌をはいながら上った。一度、後ろを振り返ると、追ってくるものはない。前に顔をむき直した瞬間、ドンとたたきつけられて気を失った。津波だった。山の中腹に押し上げられるようにして奇跡的に助かった。

 小学3年だった妹未捺さん=当時(9)=は校庭で見た姿が最後だった。母しろえさん=同(41)=と祖父弘さん=同(67)=も失った。

 豪雨災害が起きた福岡県で行われた今大会。「震災で、自分も柔道ができないときもあった。それでも柔道家として金鷲旗の畳を踏みたいと思ってやってきた」。次鋒として出場したチームは2回戦を突破。3回戦は粘ったが、指導を二つ取られて負けた。チームも敗退。高校最後の試合は納得できる結果ではなかったものの「人とのつながりの大切さを学べる柔道を続けてこられたことが、自分にとって何より大きかった。幸せです」。後輩たちに思いを託す。

 高校卒業後、大学に進学しても柔道は続けるつもりだ。夢は、警察官か消防士になること。大震災を通して、地元の消防団や自衛隊が人のために身をささげる姿を見てきたからだ。「自分も人を助けることに夢中になれる仕事をしたい」。そんな強い人になれるよう、柔らの道を歩み続ける。

=2017/07/24 西日本新聞=

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