国士舘2冠 斉藤立が亡き父仁氏にささぐV

【国士舘‐天理】中野(天理・右)から大外刈りで一本勝ちする斉藤(国士舘)
【国士舘‐天理】中野(天理・右)から大外刈りで一本勝ちする斉藤(国士舘)
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決勝で大将戦を制し、チームから胴上げされる斉藤
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母親の三恵子さん(左)に祝福され、笑顔を見せる国士舘の斉藤
母親の三恵子さん(左)に祝福され、笑顔を見せる国士舘の斉藤
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 天国の父にささげるV-。平成30(2018)年度金鷲旗高校柔道大会は最終日の24日、男子の4回戦から決勝までを行い、決勝で国士舘(東京)が天理(奈良)を破って2年ぶり10度目の優勝を飾り、春の全国選手権との2冠を達成した。大将同士の一戦で、国士舘の斉藤立(2年)が大外刈りで天理の中野寛太(3年)に一本勝ち。1984年ロサンゼルス、88年ソウル五輪95キロ超級金メダリストで2015年に54歳で死去した父の仁氏も届かなかった大旗をつかんだ。

 柔道界のサラブレッドが最後は豪快に決めた。決勝の大将同士の闘いで斉藤が大外刈りを一閃(いっせん)。東京五輪まであと2年という節目の日に大旗をつかんだ。「神様が自分に優勝しろって言ったのかな」。笑顔でジョークを振りまき「(中堅)藤永や(副将)道下が頑張って自分につなげてくれた」とチームメートに感謝した。

 準決勝まで出番がなく、今大会の初登場がいきなりの大一番。右膝に痛みも抱え、体が動くか不安だった。目が覚めたのが岩渕公一監督から送られた「延長戦もある。焦らず自分を取り戻していけ」というアドバイス。「焦るな」は小学4年時の大会で“格下”の相手に敗れてから、父の仁氏に言い聞かせられたキーワードだった。

 「相手の研究をするより、自分の柔道を思い切りやるだけ。最初は焦って相手の体に寄っかかるように技をかけていたが、最後の大外刈りは自分の感覚で投げられた」。3分半かけて冷静さを取り戻す間も昨夏の全国総体100キロ超級と今春の全国選手権無差別級を制した中野を攻め立てた。

 2大会連続で五輪を制した父が3年前に他界。死去の直前まで斉藤は病床で体落としの指導を受けた。「僕にとっては怖いお父さんだった。亡くなってから偉大さが分かってきた」。もともとは「斉藤の息子」と呼ばれるのが嫌で稽古も嫌いだったが、父の死を境に「五輪で勝ちたい」と意識が変わった。

 1年生で大将を務めた昨年は6回戦敗退。その後、下半身を鍛え、倒れにくくなり、連続技をかけても耐えられる体にしてきた。「組み手でしっかり襟を取るなど、課題はまだまだある。でも本人は分かっているから取り組む。それがあいつのいいところ」と岩渕監督は努力と成長を認めた。

 父は2年時に決勝で敗れるなど、金鷲旗を取れなかった。それでも斉藤は「父を超えたことには全然ならない。シニアの大会や五輪で優勝してこそ」と足元を見つめる。ただ、あと2年に迫った地元開催の五輪出場は夢から目標に変わってきた。「無理かなと思った時期もあるけど、今は全然思わない。いろんな人のため、諦めることなく闘いたい」。一日でも早く父を超えるため、16歳の青年が速足で駆け上がる。 (末継智章)

■母・三恵子さん「主人も喜んでくれる」

 斉藤の母、三恵子さんも、息子の栄冠を喜んだ。国士舘の他の保護者らとスタンドから息子の雄姿を見届け「亡くなった主人も喜んでくれると思う」と感極まった。斉藤は幼い頃、厳しい稽古を嫌がり、三恵子さんが学校まで迎えに行って道場に連れて行ったという。「甘えん坊で柔道が嫌と言っていたのに…。目標を持つことは大事ですね」と目を細めた。

◆斉藤立(さいとう・たつる)2002年3月8日生まれの16歳。大阪府出身。小学1年の時に柔道を始める。大阪・上宮中では3年時に全国中学校大会90キロ超級で優勝。国士舘高では1年時に全日本ジュニア体重別選手権100キロ超級で3位。今年4月のロシア・ジュニア国際大会同級で優勝。好きな食べ物はすし。190センチ、155キロ。初段。

=2018/07/25付 西日本スポーツ=

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