【連載】起こせ!林工旋風 ’08夏の甲子園<上>苦節9年 「粘りの野球」に期待

0730hita_2.jpg 甲子園球場で8月2日に開幕する全国高校野球選手権大会に大分代表として日田林工(日田市)が9年ぶり、4度目の出場を決めた。毎年のように優勝候補の一角に上げられながら、長年逃し続けてきた切符。夢をつかんだチームの道のりや戦力を紹介する。

 ●夢実現の瞬間
 20日の大分大会決勝の大分雄城台戦。2点リードで迎えた七回裏、相手失策から1点を追加し5-2とするとベンチの佐藤衆二監督はゆっくりと息を吐き出し、勝利が近いことを実感したような表情をみせた。さらに八回裏には打線が爆発、6点を奪い駄目を押した。「9年かかって、やっとここまできた」。佐藤監督が、何度も見た夢が現実になった瞬間だった。

 歓喜の渦の中、行村洋昭副部長(27)もナインを見つめながら、主将として出場した1999年夏の甲子園を思い出した。「やっと、おれたちから『前回甲子園メンバー』の肩書がなくなる」と喜ぶ当時のチームメートの一言に、行村副部長は胸を熱くしたという。

 ●人間を育てる
 この9年間、新チームには粒ぞろいの選手がそろっていた。大分大会だけでもシード校として6回、うち2回は第1シードとして出場した。しかし、準決勝目前で涙をのむなど佐藤監督は「今年こそ甲子園」と思ったのは1度や2度ではないという。

 日田林工の指導を始めて27年。「おれは勝負運がない。これ以上やったら選手に申し訳ない」。春夏合わせて4度甲子園に導いていた佐藤監督の胸に引退の文字が何度もよぎった。OBや学校関係者の励ましと選手を信じて「林工野球」を貫いたことが、この夏ようやく実を結んだ。

 自身の指導法も信じた。「技術だけ、強いだけでは勝てない」と、野球の技術よりもあいさつ、授業態度、身だしなみなど、ふだんの生活が大事だと繰り返し指導してきた。練習後のグラウンド整備を全員でするのは、林工野球の「よき伝統」にもなっている。

 勝ち負けではなく、社会に出て通用する人間を育てることにこだわった。野球部から2年連続で生徒会長も出る佐藤監督の指導方針は甲子園出場以外の場でも実を結んでいる。

 ●勝負は精神面
 行村副部長は大学卒業後に講師として日田林工で働きながら4年間、後輩たちを見てきた。「懸命に、ひたむきに戦う姿勢はずっと変わらない。それが粘りにつながる」。主将だった当時と現在では選手気質も戦力も違うが根っこの部分は一緒だという。

 9年前の夏の甲子園ではベスト8を目前にして敗れた。青森山田戦で八回と延長十回の2度同点とする粘りをみせたが4-7で敗れた。「もっと甲子園で戦いたかった」「まだ粘れたんじゃないか」。そんな思いを行村副部長自身も胸の奥に残していた。

 「甲子園での勝負は精神的なものが大きい。どんな展開になっても、あきらめないでほしい」。大分大会では何度も二死から点を取り、準決勝の柳ケ浦戦ではサヨナラ勝ちした。

 今年のチームは、その粘りを甲子園でも見せてくれると行村副部長は信じている。

【写真】全員でグラウンド整備をするのも林工の伝統だ

=2008/07/30付 西日本新聞朝刊=

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