東筑の石田伝説 夏21年ぶり甲子園

【東筑-福岡大大濠】優勝が決まり、両腕を突き上げる東筑・石田(手前左)と駆け寄るナインたち
【東筑-福岡大大濠】優勝が決まり、両腕を突き上げる東筑・石田(手前左)と駆け寄るナインたち
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 「伝説」は生きていた! 福岡大会決勝は、東筑が春夏連続出場を目指す福岡大大濠に3-1で逆転勝ちし、1996年以来21年ぶり6度目の夏の甲子園出場を決めた。私学強豪を次々と破る原動力となった2年生右腕の石田旭昇が完投。今大会一人で832球を投げ抜き、ついに選抜大会8強の「本命」も撃破した。過去5度の夏の甲子園出場のうち、3度を「エース石田」で達成。4代目のエースに引っ張られた伝統校が憧れの大舞台で旋風を起こす。

 現実を理解するまで時間がかかった。今夏初の連投を締めた116球目。「優勝した喜びよりも、投げ終えてほっとした方が先だった」。9回2死。東筑の2年生エース石田は打席に迎えた福岡大大濠のエース三浦を遊ゴロに封じた。マウンド上で3年生に、もみくちゃにされながら、21年ぶりの優勝を実感した。

 今大会7試合全て先発完投し、832球を投げ抜いた横手右腕はいきなりの失点にも動じなかった。初回、先頭打者に中堅右を破られると、中継が悪送球。打者にそのままホームを踏まれた。記録は三塁打と失策。それでも「3失点までなら大丈夫。想定内」と切り替えた。続く打者にも二塁打を浴びたが、得点を許さず2回の「一発とスクイズ」での逆転につないだ。

■初の連投で116球「ほっ」

 今春の招待野球では日大三(西東京)を2-0で完封。それまでの球威で押す投球から現在の打たせて取るスタイルに変更した。「強豪相手に通用したことは自信になった」。決勝でも丁寧かつ強気にコーナーを突きながら打たせて取る投球を徹底。蓄積疲労に加え、試合途中に腰の違和感を訴えるなど、万全ではない中で完投した。負担を軽くするため、チェンジアップを多用しながら27個のアウトのうち、14個を内野ゴロ(犠打を含む)で奪った。

 東筑は次々と私学強豪を撃破して頂点に立った。公立勢としても21年ぶりの選手権。青野監督も「まさか本当に行けるとは」と戸惑いさえ感じる快進撃だ。その指揮官は自身3度目の甲子園に臨む。「2代目」石田大介氏とバッテリーを組んだ1978年。「3代目」石田泰隆を擁して監督として臨んだ96年。今回、4代目の「石田」と聖地に立つ。「不思議な縁」を感じずにはいられない。青野監督は「よそ行きの野球をしても駄目。普段通りのプレーをして甲子園で校歌を聴きたい」と磨き上げた野球をさらに追求する。

 4代目エースの名前の由来は、朝日が勢いよく天空に昇る意から、勢いがきわめて盛んな様子を意味する「旭日昇天」。石田は「結果的に伝説を達成できて良かった。打たせて取ることがどこまで通用するか試してみたい」と大舞台に胸を躍らせる。過去の最高成績は「2代目」が残した78年の3回戦進出。甲子園でも旭日昇天の勢いで新たな歴史を刻む。 (米村勇飛)

 ◆石田旭昇(いしだ・あきのり)2000年7月31日生まれの16歳。福岡県鞍手町出身。古月小2年から「鞍手ベアーズ」で軟式野球を始め、鞍手中では軟式野球部。東筑高では1年秋からベンチ入り。今春の日大三高戦から背番号1。変化球はシュートとスライダー、ツーシーム、チェンジアップ。173センチ、67キロ。右投げ右打ち。

 石田大介さん(東筑が甲子園初勝利を含む2勝を挙げた1978年夏のエースで右横手)「仕事の関係で広島にいるんですが、報道で(石田伝説は)知っていましたし、きょうはネット速報で応援していました。私とバッテリーを組んでいたのが(現監督の)青野でした。石田君には私たちの2勝を超える3勝をぜひ目指してほしいです」

 石田泰隆(西日本新聞社運動部記者、1996年夏にエースとして甲子園出場)「21年ぶり…本当に長かった。決勝大会以降、私学の強豪校を次々と倒していく姿は、一OBとして非常に感動を覚えました。姓が同じということで騒がれたエースの石田君も本意ではなかったと思いますが、ようやく、余計な重圧から解放されることでしょう。次は、小さなころから夢見た甲子園が舞台です。私学優勢が続く昨今、今度は福岡の代表校として、全国でも戦えるというところを見せてください。激戦区・福岡を勝ち抜いた自信を胸に、熱く、長い夏にしましょう!」

=2017/07/29付 西日本スポーツ=

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