止まった夏の夢再び 「奇跡のバックホーム」熊本工・星子さん 名勝負から22年…指導の道探る

熊本市中央区の野球バー「たっちあっぷ」を営む星子さん。松山商の矢野さんから贈られたユニホームも並ぶ=6月、熊本市中央区
熊本市中央区の野球バー「たっちあっぷ」を営む星子さん。松山商の矢野さんから贈られたユニホームも並ぶ=6月、熊本市中央区
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 「奇跡のバックホーム」として甲子園ファンの記憶に刻み込まれているプレーがある。1996年の全国高校野球選手権大会決勝、愛媛・松山商-熊本工。同点で迎えた十回裏1死満塁、熊本工の星子崇さん(39)は三塁走者としてタッチアップを試みたが、相手右翼手の好返球で本塁への生還を阻まれた。周囲からの心ない言葉もあり一度は野球を離れた星子さんは、いま、指導者となる新たな夢を描いている。

 星子さんは、熊本市中央区の繁華街で野球バー「たっちあっぷ」を経営している。店内には熊本工をはじめ、全国の強豪約40校のユニホームが飾られている。モニターで甲子園の名場面を流し、往年のファンは思い出話で盛り上がる。もちろん、96年の甲子園決勝も。

 三走だった星子さんは当時、右翼に高い打球が飛んだ瞬間、「フライング気味にスタートを切ろう」と考えた。50メートル5秒8の俊足。誰もが熊本工のサヨナラ勝ちを確信した。しかし-。星子さんが本塁に滑り込んだ瞬間、矢のような送球が目の前を横切り、捕手のミットが体に触れた。判定は「アウト」。直後の十一回に3点を奪われ、負けた。

 「スタートが遅かったんじゃない?」「回り込んだ方がよかった」。熊本に帰ると、心ない言葉を浴びせられた。

 高校卒業後、社会人の松下電器(現パナソニック)に進んだが、2年半で現役を終えた。「けがで区切りを付けた。小学生の頃から周囲に求められた通りにプレーすることに疲れていた」と振り返る。故郷へ戻り、飲食店などで働き始めた。

 2013年、奇跡のバックホームの主役を演じた松山商の矢野勝嗣さん(39)=愛媛朝日テレビ社員=と17年ぶりに再会した。当時経営していた店を訪ねてくれた。「矢野は社会に出てからも成功者であることを期待され、悩んでいた」。立場は違うが、あの時を引きずっていることを知った。

 夏の大会が近づくと、当時の映像がよく流れる。切っても切れない野球との縁を感じ、14年に今のバーを開店した。「野球の話でみんな仲良くなれるし、自分の存在も分かってくれる」

 すぐに熊本青年会議所の軟式野球部に入り、プレーを再開。中学生への指導も始めた。少年らと接し、高校野球の監督になる目標が芽生えた。「あの試合、あのプレーがあったから、今の自分がある。あと1ミリで日本一に届かなかった勝負の厳しさを伝えたい」。夢は大きく、熊本県勢初となる夏の全国制覇だ。

=2018/07/18付 西日本新聞朝刊=

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