【西スポ・甲子園ベンチ裏】初出場の早稲田佐賀 吹奏楽部は強力助っ人と一緒にアンコール

早稲田佐賀の一塁側アルプス席に陣取った吹奏楽団
早稲田佐賀の一塁側アルプス席に陣取った吹奏楽団
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 反撃及ばず、初陣は敗戦に終わった。10日、聖心ウルスラ学園(宮崎)との1回戦。4回の攻撃前に仰ぎ見た一塁側アルプス席の景色を思い出し、早稲田佐賀の占部晃太朗主将(3年)は試合後、こらえきれずに泣いた。「スタンドを見たら…。諦めずに応援してくれている人たちがいました」。守りのミスもあって一挙4点を挙げられ、0-5とされた直後だった。

 早大を創設した大隈重信の生誕の地・佐賀に、中高一貫の系属校として開校されたのが2010年。同時に創部された野球部は、8年目で初めて黒土を踏んだ。取り巻く環境は甲子園常連校とは違う。ナインにとって、吹奏楽部の演奏をバックにプレーすること自体が初めてだったのだ。

 トランペットを手にした吹奏楽部の部長・佐藤涼美さん(3年)は「佐賀大会が準決勝、決勝まで進んだときも、コンクールの期間と重なって応援に行けなくて」と振り返る。金、銀、銅賞で表彰されるコンクール。いわばブラスバンドの「最後の夏」にあたる。

 昨夏は14人で、県大会の「A部門」に参加。上限の55人近い大編成で臨む強豪校との勝負には難しさがある。結果は銀賞。部員が減って8人になった今夏は、小編成の団体が参加する「B部門」へ移った。金賞に輝いたが、A部門と異なり、次のステージがない。

 野球部が甲子園切符をつかんだ1週間後、コンクールが終わる。ここで引退のはずだった3年生5人は、甲子園でアンコールとなったのだ。ただ鈴木さんは「私たちは中高合わせても19人。これは応援を頼まないと」と難題を抱えた。

 よその野球部を応援してもらうのは忍びないが、うってつけの助っ人がいた。「県内で野球部がないのが、佐賀清和さんだったんです」。同校の吹奏楽部はA、B部門の両方に参加する陣容で、加えて今夏も両方が金賞。佐賀県から2校出場できる九州大会にも、つい2年前に出たほどだ。

 楽譜を早大から取り寄せた。学校独自のチャンステーマの先駆となった「コンバット」や、応援歌「紺碧(こんぺき)の空」。走者なし、一塁、得点圏…状況ごと、どれを演奏するか、野球部員と話し合うところからのスタートだった。とんとん拍子でオリジナルの応援歌もできた。近年、よく取り入れられるプロ野球ロッテの応援歌。多くを手掛けた元応援団長に、学校関係者がコンタクトを取り、実現した。

 こうした事情を、野球部も承知だ。占部主将は「人数が足りなくて、佐賀清和にも協力してもらって、あんなに大きな声、音で応援してくれた」と感激。5回にチームの甲子園初安打、7回には初打点もたたき出した鈴木隆太(3年)は「自分たち独自のチャンステーマ。ウィーアー東邦とか、智弁和歌山のジョックロックみたいに、あの曲が流れたら、流れがくると思っていた」と誇らしげだ。

 佐藤さんは「金賞と甲子園。私たちの大きな思い出が二つできました」と野球部への感謝でいっぱいだった。99回目の選手権大会。どんな伝統も、最初は1回目から始まっている。

=2017/08/12 西日本スポーツ=

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