村田修一、涙の引退表明「30年間の野球人生に悔いなし」 球場にファン6025人 BC栃木最終戦

ナインから胴上げされるBCリーグ栃木の村田修一
ナインから胴上げされるBCリーグ栃木の村田修一
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 横浜(現DeNA)や巨人で活躍し、今季は独立リーグのルートインBCリーグの栃木でプレーした村田修一内野手(37)=福岡県篠栗町出身=が9日、栃木県小山市での群馬との最終戦後に正式に引退表明した。試合は8-8で引き分けた。

 現役最後となった群馬戦は「4番三塁」でフル出場。同点の9回無死一塁では「村田コール」が響く中、最後の打席は一ゴロ。「何とか右に転がそうと思った。最後だからフルスイングでよかったかもしれないが、勝利が最優先だから」と晴れやかな笑みを浮かべた。

 横浜時代から背負い続けた背番号25の最後の雄姿を見届けようと、球場には6025人のファンが詰め掛けた。球場の外には巨人時代の同僚から贈られた花看板も飾られた。「本当にいい野球人生。幸せだった」。7回には中前打を放ち、5打数1安打だった。

 村田は1980年度生まれの「松坂世代」の一員で、東福岡高では甲子園に出場。日大を経てプレーした横浜と巨人では通算360本塁打を記録した。昨季限りで巨人を自由契約となり、日本野球機構(NPB)の球団復帰を目指して栃木でプレーしたが、獲得意思を示す球団がなかった。

 今季は栃木でBCリーグ60試合に出場し、打率3割4分3厘、14本塁打、62打点。敵味方は関係なく助言を送る姿に、現役時代はソフトバンクでプレーした辻武史監督も「BCリーグに記録と記憶を残してくれた」と感謝を惜しまなかった。

 小学3年で野球を始めた「男・村田」は、この日初めて「引退」の2文字を口にし、最後は涙を流した。「未練がないと言えばうそになるけど、30年間の野球人生に悔いはない」。松坂世代を代表するスラッガーは、惜しまれながらバットを置いた。 (伊藤瀬里加)

 ◆村田修一(むらた・しゅういち)1980年12月28日生まれの37歳。福岡県篠栗町出身。勢門小3年で軟式野球を始める。東福岡高では3年時にエースとして春夏連続で甲子園に出場。日大で内野手に転向し、2003年、自由獲得枠で横浜(現DeNA)に入団。07、08年に本塁打王を獲得。フリーエージェント権を行使して12年に巨人に移籍した。日本代表として08年北京五輪、09年WBCにも出場。NPB通算1953試合出場で、6925打数1865安打、打率2割6分9厘、360本塁打、1123打点。177センチ、92キロ。右投げ右打ち。

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 バックネット裏では、妻の絵美さんと息子3人、福岡から駆けつけた両親や東福岡高時代のチームメートも声援を送った。試合後のセレモニーでは息子たちから背番号にちなんで計25本の花束を贈られ「家族、両親、ファンに支えられた」と感極まった。また、サプライズで登場した横浜時代の監督だった大矢明彦氏からは「人生はまだ半分もいっていない。これからの『男・村田』の人生に注目したい」とエールを送られた。

=2018/09/10付 西日本スポーツ=

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