競輪 九州地区新人紹介(男子105期)

熊本競輪で10日デビューする勝部貴博
熊本競輪で10日デビューする勝部貴博
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平川慎太郎は、14日からの武雄競輪でデビューする
平川慎太郎は、14日からの武雄競輪でデビューする
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10日からの松山競輪で初戦を迎える西田将士
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野口大誠の注目のデビュー戦は10日からの地元・熊本競輪
野口大誠の注目のデビュー戦は10日からの地元・熊本競輪
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 3月28日に、日本競輪学校(静岡県伊豆市)を卒業した105期36人が、7月から全国各地でデビュー戦を迎える。九州からは、勝部貴博(かつべ・たかひろ=福岡・25歳)、平川慎太郎(ひらかわ・しんたろう=佐賀・23歳)、西田将士(にしだ・まさし=長崎・30歳)、野口大誠(のぐち・たいせい=熊本・24歳)がデビュー。競輪学校で1年間にわたって、プロとしての心身鍛錬を積んだ新鋭4人をクローズアップする。 (森田祐樹)

急転直下直感で“飛び付き”入門

▼勝部貴博

 「急転直下」という言葉が、勝部貴博にはドンピシャで当てはまる。

 西南学院大では法律を学びながら、合気道に没頭。卒業後は、警察官になるために警察学校に入学した。しかし、厳しい訓練に付いていくことができずに挫折、退学してしまった。

 これからの人生、どうなるのだろうか。何もすることがなくフラフラと街中を歩いていた時、目に飛び込んできたのが、G1競輪祭の広告。「これだ!」と直感した勝部は、開催期間に合わせて小倉競輪場に突撃。

 そして、初めて見た競輪に「合気道」を応用できるのでは、と考えたのだ。「相手の力を逃がすという合気道の基本を何かの形で応用すれば、他の人よりうまく自転車にパワーを伝えられるかも。試してみたい」。すぐさま競輪選手会の門をたたいて中井大介(福岡=65期)に相談。新たな人生に向けて、かじを切った。

 105期の試験を1度でパスした勝部だが、そもそも自転車経験が少ないため、学校生活は苦労の連続だった。しかし「自分がへなちょこだったから、警察官にはなれなかった。もう、そんな挫折はしたくないと思い、頑張った」。競走訓練はわずか3勝でも、1年間の鍛錬でプロとして活躍する下地は形成できた。

 モットーは、中国の史記にある「断じて行えば鬼神も之を避(さ)く」。固い決意を持ってペダルを踏み込めば、へなちょこだった弱い姿は必ずや消え去るだろう。本当の勝負がいま、始まる。

20キロ自転車通学で鍛えた捲り脚

▼平川慎太郎

 佐賀から、4年ぶりに競輪選手が誕生する。名門・龍谷高の自転車部出身の平川慎太郎だ。小中学校時代はハンドボールに熱中し、九州大会にも出場。「走り回るスポーツだったので持久力がついたし、一瞬の隙を突く瞬発力も養えたと思う」。もともと運動はそれほど得意ではなかったが、中学を卒業するころには運動大好き人間に変わっていた。

 自転車に乗り始めたのは、高校入学後。自宅の多久市から高校のある佐賀市まで、20キロの道のりを毎日、自転車で通学した。部の仲間に全国で活躍する強豪がいた一方で、目立った成績は残せなかったが、競輪のスピード感の迫力に魅力を感じて、選手になることを決断。4度目の挑戦で競輪学校の試験に合格した。

 「最初は学校の生活についていくのが精いっぱいで、思っていた以上に苦労した。でも、自転車の基礎をもう一度最初から学べた」と、苦しくもあり、充実していた学校生活を振り返る。

 デビュー後は、根本的な土台をつくるために先行策を心掛ける予定。しかし、戦法的に得意なのは、スプリント力を生かした捲り勝負。「先行している選手よりも、スピードがないと捲れないのは当たり前」。そのためには、加速するためのパワーを強化し、「2着以下を引き離すようなレースで勝ちたい」。

 競輪学校の成績は7勝で、在校23位と振るわなかった。それでも、レースセンスがアップすれば、G1でも活躍できる一流選手に成長することは間違いない。

営業マンから決意の“切り替え”

▼西田将士

 「人生って本当に不思議。今でも自分が競輪学校にいたことが信じられないですよ」。30歳の西田将士が、しみじみと話すのも無理はない。

 高校(西日本短大付)、大学(日本文理)で投手として活躍したが、肩の負傷でプロ野球の道を断念。大卒後、食品問屋で営業マンをやっていたある日、競輪との出合いが突然やってきた。

 別府営業所にいた時のこと。仕事終わりに行きつけの居酒屋に行くと、そこに高校時代の女房役がいたのだ。「競輪選手になっていた松尾信太郎(福岡=96期)に偶然、再会したんです。その後、松尾が出場するレースを見て、高校時代、バッテリーを組んでいた時のように、あいつとまた一緒に汗を流したい」と思い、競輪選手になることを決意した。

 自転車の経験は少なかったが、競輪学校の競走訓練では21勝、8位の成績で卒業。現在、住んでいる長崎市に競輪場はないが、諫早にある干拓地で、トップ選手の井上昌己(長崎=86期)、荒井崇博(佐賀=82期)らと練習している。「厳しいけど、強くなるためにはS級上位の人と練習をするのが一番の近道ですからね」。三十路(みそじ)から人生の再スタートを切る西田にとって、これくらいの厳しさは当たり前のことだ。

 93期の試験(2006年)から競輪学校入試の年齢制限が撤廃され、異色の経歴を持つ選手が誕生、活躍している。営業マンから転身した西田も、そんな選手の一人になれるか、目が離せない。

アマ王者で在校1位のエリート

▼野口大誠

 大学対抗選手権、アマチュア選手権、そして学生選手権のケイリン部門で優勝。大学時代の野口大誠は、どこまでも踏み続けられる脚質を生かして、活躍を見せていた。

 目指したのは大学に通いながらプロの競輪選手になること。アマ実績を思えば、競輪学校の入試は容易に突破できると考えていた。だが、3年時に受けた103期の入試は、まさかの不合格。

 失意に打ちひしがれていたある日、大学の先輩にあたるG1タイトルホルダーの成田和也(福島=88期、S級S班)から、プロとして戦うストイックな姿勢や考え方を聞き、衝撃が走った。「トップの選手は中途半端なところが全くない。自分も、一筋にプロの道を目指していく」と決心し、1年を残して大学を中退。2度目の挑戦で105期の試験をパスした。

 競輪学校へ入学した後は、甘い考えを捨て、卒業できなかった大学4年分の思いをぶつけた。「学校生活はつらく、地獄の日々だった。でも濃い練習に耐えたことで、精神的にも肉体的にも強くなれた」。目標としていたゴールデンキャップ(持久力と瞬発力が格段に優れた生徒に贈られる金色の帽子)の獲得こそならなかったが、在校成績1位という、歴史に名を残すことには成功した。

 デビュー後のビジョンは明確だ。「積極的なレースをやって、脚力を強化させるのが基本。その中で、いろいろな展開に対応できる力をつけ、勝ちにこだわる競走もやりたい。そして早くS級に上がって、憧れの成田先輩に近づければ」

 肥後から出てきた大型新人が、低迷が続く九州地区のムードを一変させてくれるに違いない。

◆第105期 九州勢プロフィル◆

勝部貴博 1988年11月25日生25歳 <登録>福岡 <練習地>小倉
173cm74kg O型 <出身地>北九州市 <出身校>自由ケ丘高-西南学院大<在校時タイム>200m11秒66 400m23秒42 1km1分11秒16 3km3分50秒10<在校時成績>1~3着・着外=順位3-7-12-42=26位 <卒業記念>8、7、7、5<師匠>森山昌昭(67期)<7月デビュー戦>熊本10~12日

平川慎太郎 1991年5月17日生23歳 <登録>佐賀 <練習地>武雄
168cm61kg A型 <出身地>多久市 <出身校>龍谷高<在校時タイム>200m11秒47 400m23秒49 1km1分11秒76 3km3分50秒41<在校時成績>1~3着・着外=順位7-9-17-32=23位 <卒業記念>5、4、1、3<師匠>藤野義高(引退)<7月デビュー戦>武雄14~16日

西田将士 1983年10月14日生30歳 <登録>長崎 <練習地>佐世保
173cm74kg O型 <出身地>長崎市 <出身校>西短高-日本文理大<在校時タイム>200m11秒36 400m23秒60 1km1分09秒32 3km3分51秒42<在校時成績>1~3着・着外=順位6-21-11-27=8位 <卒業記念>2、2、7、2<師匠>米嶋賢二(77期)<7月デビュー戦>松山10~12日

野口大誠 1989年8月7日生24歳 <登録>熊本 <練習地>熊本
173cm74kg O型 <出身地>熊本市 <出身校>九州学院高-中央大<在校時タイム>200m11秒05 400m22秒59 1km1分09秒27 3km3分56秒12<在校時成績>1~3着・着外=順位 29-11-5-14=1位 <卒業記念>1、1、3、4<師匠>野口悦弘(引退)<7月デビュー戦>熊本10~12日


=2014/07/01付 西日本スポーツ=

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