大分・片野坂監督、J1昇格で2度目の涙 3年前にJ3でも就任決めた理由

J1昇格を決め、サポーターにお礼の言葉を述べる大分・片野坂監督
J1昇格を決め、サポーターにお礼の言葉を述べる大分・片野坂監督
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 ◆明治安田生命J2:最終節 山形1‐1大分(17日・NDソフトスタジアム山形)

 J1復帰を決めた大分の片野坂監督が、試合後の会見で就任から3年の道のりを振り返った。

 クラブが就任を発表したのは2016年1月。既にJ3で戦うことが決まっていたが、片野坂監督自身が指揮することを決めたのは15年末でJ2残留かJ3降格か確定していないタイミングだったという。

 結果的には入れ替え戦で敗れ、J1経験クラブとして初めてJ3に降格。それでも「そのときのトリニータのサッカーを見て、私が監督になったときに描ける絵があって、それをチャレンジすることでもっと良くなるんじゃないかと思った」と古巣を指揮する決断に至った経緯を明かした。

 1年目に掲げた目標はJ2復帰。システムなどさまざまなチャレンジをする中で、片野坂監督は感じたことのない重圧も経験した。「われわれはできるだけ早く昇格しないといけないプレッシャーの中でやっていた。そのプレッシャーは今シーズンのJ1に昇格するプレッシャーよりも、本当に大変だった」。終わってみればJ3優勝で目標を達成したが、J1でタイトルを獲得したこともあるクラブを立て直すことの意味を思い知らされた1年でもあった。

 J3からJ2に復帰した時は「うれし涙とほっとした涙と感謝の涙が…」と顔を覆った。今回、J1昇格を決めた際は笑顔。もっとも「泣きましたけどね。うれし泣きはしました」と照れくさそうに明かした。

 「試合が終わった時に(昇格決定か)どうなのかなというのがあったので。そして今もJ1昇格できた実感がないです。本当は勝って自力というか、決めたかったのは本音ですけど、昇格できたのはうれしく思います」とおなじみとなったガラガラ声で喜んだ。

 監督1年目はJ3、翌年にJ2で初采配、そしてJ2を2年で通過してJ1に昇格。異例ともいえるスピードで立て直しに成功した片野坂監督は「本当に僕一人ではできなかった」と感謝した上で「来年はJ1になる中でトリニータがどういうふうに戦うか。これまでをしっかり振り返った中でやっていかないと」と続投が確実視される来年の“J1デビュー”を見据え意気込んだ。


 ◆片野坂知宏(かたのさか・ともひろ) 1971年4月18日生まれ。鹿児島市出身。鹿児島実高から旧日本サッカーリーグのマツダSCに入り、Jリーグ発足後に広島や柏で主にDFとしてプレー。2000年にJ2大分で主将を務め、G大阪や仙台に移った後、J1昇格後の大分に戻り、03年限りで現役引退した。引退後は広島コーチ、G大阪ヘッドコーチなどを歴任し、16年から大分監督。

=2018/11/17 西日本スポーツ=

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