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84歳 もう刑務所には… 下関駅放火事件から10年 累犯障害者男性 人生の半分服役 司法と福祉連携 出所後フォロー

「もっと早く出会えていたら、人生は違っていた」と語り合う男性(右)と、奥田知志さん=14日、福岡県内
「もっと早く出会えていたら、人生は違っていた」と語り合う男性(右)と、奥田知志さん=14日、福岡県内

 「刑務所に戻りたかった」と、JR下関駅(山口県下関市)に放火した男性(84)は8月に刑期を終え、福岡県内の施設で暮らしている。司法と福祉が連携して支えることで「もう刑務所には戻りたくない。好きな人に囲まれて最期を迎えたい」と笑顔も見せる。社会に居場所がないために罪を重ねる「累犯障害者・高齢者」の問題を浮き彫りにした事件から10年、男性の笑顔は罪と更生の在り方を問うている。

 男性は74歳だった2006年1月7日未明、下関駅に放火して焼失させた。被害額は5億円以上で、懲役10年の判決を受けた。判決は「軽度知的障害で、かつ高齢でありながら、刑務所を出所後、格別の支援を受けることもなかった」と指摘した。

 当時、男性は放火の前科が10件あり、22歳以降の40年以上を刑務所で過ごしていた。過去の裁判で6回も知的障害などを認められたが、一度も障害福祉サービスにはつながらなかった。

 下関駅の事件は、男性が05年12月30日に福岡刑務所を出所した8日後に発生。男性は事件までの間に、警察に保護されたり、福祉事務所に連れて行かれたりと、八つの公的機関に接触。生活保護を求めるなどしたが、公的支援は受けられなかった。

 そして、下関駅で警察官に退去を求められた末に放火に至った。

    ◆    ◆

 北九州市でホームレス支援などを続けるNPO法人「抱樸(ほうぼく)」理事長で牧師の奥田知志さん(53)は逮捕直後から、報道で男性の孤独な状況を知り、面会に訪れた。

 男性は人生で一番つらかったのは「刑務所を出た時、誰も迎えに来なかったこと」と答えた。父親に火の付いた薪を体に押しつけられた生い立ちも打ち明けた。奥田さんが「今度出所するときは必ず迎えに行く」と約束すると、涙を流した。

 服役中も60~70通の手紙をやりとりした。男性は毎回「迎えに来てくれるのが楽しみ」と書いた。こうした縁から、奥田さんが身元引受人となり、6月に仮出所がかなった。奥田さん夫妻の出迎えに男性は声を上げて泣いた。生まれて初めての出迎えだったという。

 出所に当たり、保護観察所や自治体、保護司、受け入れ施設など7機関が協議を重ね、連携して受け入れ態勢を整えた。現在、男性は抱樸が運営する施設に入所。週4日はデイサービスに通い、「一番幸せな時間」とカラオケや体操などを楽しむ。7月の七夕では短冊に「自分のしあわせ みんなしあ(わ)せ」と書いて祈った。

    ◆    ◆

 男性は「今まで刑務所を出ても、どうしていいか分からなかった。独りが一番つらい」と振り返る。31歳も年下の奥田さんを「お父さんみたい」と頼り「もう火は付けんよ」と話す。

 奥田さんは「事件の本質は、障害がある人が罪を犯して刑務所を出所後、何の社会保障制度にもつながらず、累犯となることにある。もっと早く出会えていたら、11回も罪を重ねることはなかった」と断言。「今の刑務所は懲罰を与えるだけで、対人・生活スキルがそぎ落とされる。福祉サービスなどと連携して社会復帰後の生活を支援していくべきだ」と訴える。

この記事は2016年09月18日付で、内容は当時のものです。

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