博多ロック編<248>10年の空白を経て

 佐々木モトアキは中学卒業後の春休み、花火事故で右目を負傷、失明に近い状態だった。中学時代から洋楽を聴き、バンドをやりたいと思っていた。視力はその後、徐々に回復していくが、当時は失意の中にいた。眼帯をしてのぞいたライブハウス。山部善次郎が歌っていた。山部自身も電線事故によって傷を負っていた。

 「山善さんのライブでハンディなんてどうでもいいんだ、歌さえよければ人を感動させることができることを知りました」

 高校に入ってすぐの1986年、同級生を中心に「ザ・シャム」を結成した。福岡市・西新のライブハウス「ジャジャ」が演奏の場を提供した。「ボーダーラインレコーズ」の甫足正彦は「君たちには可能性がある」と評価した。甫足のインディーズレーベル「カメレオン」に加入し、シングル盤1枚をリリースした。

 ヤマハのロックコンテスト「Lモーション」にも出演し、高校生バンドながら審査員特別賞を受賞した。東京でも知られる存在に成長した。

 ジャニーズ事務所製作で男闘呼組主演の映画「ロックよ、静かに流れよ」(1988年公開)の中での演奏シーンは「シャム」である。原作ではロッカーを夢見る少年の憧れのバンドが「モッズ」であり、「シャム」は「モッズ」のイメージ役といえた。

 この出演料で「モダンドールズ」が使っていたツアー用車を譲り受けた。山善に「モッズ」に「モダンドールズ」…。「シャム」は博多ロックの第1、2世代と縁の深い第3世代のバンドだった。

 「シャム」は佐々木が19歳のときに上京し、佐々木の20歳の誕生日に合わせてワーナーパイオニアからファーストアルバムが発売された。 

 2年後には解散した。佐々木はその後、17年間、「ザ・ハンドレッズ」で活動した。作詞作曲、ボーカリストとしてバンド活動だけに費やした日々だった。

 「本当にみなと同じ目線で歌いこんでいるのだろうか」

 自問。バンドを離れて別な仕事に就いた。家庭も持った。空白の10年間。いや、再生のための10年だった。昨年、福岡のライブに久しぶりにゲスト出演した。

 「すらすらと曲ができるようになった」

 弾き語りライブで再スタートを切った。この6月には山善と一緒のアコースティックライブを組んだ。

 ロックは生きざま、と言われる。佐々木は違う。

 「ロックはクオリティーだ」

 自分の光に向けて歩んでいる。 =敬称略

 (田代俊一郎)


=2015/06/08付 西日本新聞夕刊=

続報中

西日本新聞のイチオシ[PR]

トピックスニュース

ランキング

  1. ベテラン派遣切り横行 「3年超せば正社員」回避か 9月「義務化」前に“雇い止め”相次ぐ
  2.  インドネシアの海岸のプラスチックごみ=4月(ロイター=共同)
    海のプラごみ、日本に批判相次ぐ G7文書に署名拒否
  3. 避難所に性被害の闇 災害時の不安定な心理が暴力を生む 県警10件把握、潜在化も 熊本地震2年
  4. 北九州フィルム・コミッションが誘致した100本目の映画となった「劇場版仮面ライダービルド」の大規模ロケ
    北九州FC、映画誘致100本達成 「他都市では不可能」な撮影も 29日に記念イベント
  5. 「8千万円支援します」というメールの送り主は、このサイトに登録するよう誘導してきた。男性はこのサイトだけで約400万円を失ったという(写真の一部を加工しています)
    「絶対にだまされていない!」 70代男性、サイトで7000万円被害でも「信じる」……家族はどうすれば?

西日本新聞の公式アカウントをフォローしよう