まとめ

「博多ロックの軌跡(九州近代歌謡遺聞より)」

「博多ロックの軌跡(九州近代歌謡遺聞より)」に関するこれまで扱われたニュース一覧を最新順に掲載しています。

2015 2/16 15:30
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博多ロック編<233>総合芸術への道

映画の中の1カット。東日本大震災の被災地を行く山善

 福岡市の芸能プロダクション「パブリックチャンネル」の下本地崇(45)は10代後半、1980年代の博多のロックシーンにボーカリストとして身を置いた一人だ。すでにモッズ、ロッカーズなどは上京していた。

2015 2/9 15:44
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博多ロック編<232>夢を食べて生きた

「80’sファクトリー」でのライブ。中央が大田黒。

 1980年代の博多ロックの黄金時代に青春を重ね、さらに、それがロックミュージシャンであれば大田黒恵美のように回想するだろう。 「毎日、夢を食べて生きていた」 福岡県大牟田市生まれの大田黒は小学校時代からアメリカのバンド「モンキーズ」のファンで、毎週、テレビドラマの「ザ・モンキーズ・ショー」を見ていた。

2015 1/26 16:12
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博多ロック編<231>ステップアップを下支え

甫足が制作したインディーズ盤

 甫足正彦が1983年に立ち上げた中古レコード店「ボーダーラインレコーズ」は80年代後半から90年代にかけて店舗数を増やし、最大では福岡県下に12店舗まで広げたことがあった。 甫足は音楽のプレーヤーの呼び名を3段階に自己流に分類している。

2015 1/19 16:10
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博多ロック編<230>九州一のレコード売り場

レコード売り場時代の甫足(左はユーミン)

 中古レコードショップ「ボーダーラインレコーズ」の甫足正彦の音楽への扉は1971年、熊本市での「タイガース」のコンサートだった。中学時代はGS(グループサウンズ)全盛期だったが、GSのコンサートは出入り禁止だった。

2015 1/5 16:08
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博多ロック編<229>100℃の恋人

「ルーズ」のボーカルの渡辺

 バンド「ルーズ」のボーカル、渡辺銃の1980年代の曲に「25℃の恋人」がある。25℃とはアルコール分25%の焼酎のことだ。

2014 12/22 15:22
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博多ロック編<228>「かっこよさ」の正体

ドラムをたたく真崎(1984年ごろ)

 バンド「ティティ・ツイスター」のドラマー、真崎修一は今年、バンド名をタイトルにしたインディーズ盤を制作した。CDではなく、EPレコードだ。

2014 12/15 17:04
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博多ロック編<227>「音鑑」による箱崎祭

 1980年代の博多ロックを取材する中で「オンカン」という言葉をよく耳にした。「オンカン」とは九州大学の「音楽鑑賞部」を「音鑑」と短くした愛称だ。

2014 12/8 15:40
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博多ロック編<226>不運なカリスマ

スタイリッシュな佐谷(1983年ごろ)

 2001年の夏、ロックバンド「モダン・ドールズ」のボーカルだった佐谷光敏は、2日後に迫った山部善次郎のライブをのぞく準備をしていた。山善と約束していた曲をその会場で渡す予定だった。

2014 12/1 15:28
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博多ロック編<225>色あせない歳月

「モダン・ドールズ」(1983年、後列右端が田中)

 先月22日、福岡市中央区長浜のライブハウス「CB」で、ロックのライブがあった。五つのバンドが出演し、そのトリは「モダン・ドールズ」だった。

2014 11/17 15:46
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博多ロック編<224>自主運営のライブ

「ロックンロール・サーカス」のチラシ

 ロックバンド「アクシデンツ」のボーカル、スマイリー原島の記憶に残るライブの一つは1983年の「ロックンロール・サーカス」である。このイベントの特色はロッカーたちの自主組織による自主運営のライブだった。

2014 11/17 15:44
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博多ロック編<223>幸運の「アクシデンツ」

「アクシデンツ」のメンバー(左から2人目が原島)=アルバム「ナイト・タイム」より

 「ロッカーズ」の陣内孝則と「アクシデンツ」のスマイリー原島(原島宏和)は同じ高校だ。学年で言えば、陣内が1年先輩だ。

2014 10/27 15:39
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博多ロック編<222>ジャンピングジャム

熱気に包まれた「ジャンピングジャム」(ジャンピングジャム写真集より)

 1980年代の博多ロックの出発を告げるイベントの一つが80年、福岡市中央区の少年科学文化会館で開かれたロックフェスティバル「ジャンピングジャム」である。 この年、大阪・万博公園で「ジャムジャム スーパーロックフェスティバル」が2日間にわたって行われた。

2014 10/20 16:17
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博多ロック編<221>ビジュアル系の先駆け

「ミルク」のメンバー(右端が佐藤)=「赤と黒」のジャケットより

 この連載は「サンハウス」など博多ロック第1世代からスタートし、現在、第2世代のロックに進んでいる。今回は第1世代にもどって、博多のビジュアル系バンドの先駆けだった「ミルク」というバンドに触れてみたい。

2014 10/6 16:13
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博多ロック編<220>自由奔放な「東区ロック」

ドラムをたたく安部均

 福岡市東区の西戸崎、雁ノ巣にはかつて進駐軍の米軍キャンプがあり、兵士とその家族用の一戸建て住宅「米軍ハウス」もあった。1972年ごろキャンプは撤収したが、その後「米軍ハウス」の一部は一般向けの賃貸住宅にもなった。

2014 9/29 16:56
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博多ロック編<219>ダイナマイト・ゴーン

ダイナマイト・ゴーン(左から2人目が栗原、その右が吉村)

 福岡市の天神交差点に一台のトラックが止まった。荷台をステージにしてロックバンド「ダイナマイト・ゴーン」のゲリラライブが始まった。

2014 9/22 16:44
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博多ロック編<218>CDめぐる物語

「フルノイズ」と川野(中央前列)

 福岡市・警固に居酒屋「Hi(ハイ)-Psy(サ イ)」がある。店主の川野隆之はCD「フルノイズ82」を店内でよく流す。

2014 9/8 16:05
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博多ロック編<217>よみがえった録音テープ

「フルノイズ82」のジャケット

 「ワンナイン・レコーディングサービス」の有住壽一は2001年、50歳記念として自分がこれまで録音した数多くの博多のロックバンドの中から一つのバンドを選んで、アルバム化しようと計画した。 「ずっと自分の中で引っかかっていたのが『フルノイズ』でした」 宝の山の中から探し出したテープは「フルノイズ」のライブ録音だった。

2014 9/1 15:53
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博多ロック編<216>ライブは「フルノイズ」で

フルノイズ(右から2人目が武藤)=音楽誌「ブルージャグ」の表紙から(1984年)

 福岡市・須崎のロック喫茶「ぱわぁはうす」は1978年に店を閉じた。この地下の空間は経営者を変えてライブハウス兼貸しスタジオ「ダークサイドムーン」としてその後、数年間はロックの灯を守っていた。

2014 8/25 16:58
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博多ロック編<215>待望のライブハウス

「80’sファクトリー」について語る正木

 ライブハウス「80’sファクトリー」が福岡市中央区・親不孝通りの長浜公園前にオープンするのは1970年代の最後の年、79年の8月である。 100人以上が収容できる本格的なライブハウスが初めて福岡に出現した。

2014 8/11 17:41
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博多ロック編<214>天神に近い「新しき村」

溝上が刊行した親不孝通りのマップ(部分)

 溝上徹思は1979年、福岡市中央区の親不孝通りの大型プレイマップを発行している。そのイラストは自店を中心にはしているが、他店も詳細に描き込まれ、80年代直前の親不孝通りの全体像を見渡すことができる。

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