博多ロックの軌跡(九州近代歌謡遺聞より)
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「博多ロックの軌跡(九州近代歌謡遺聞より)」 (3ページ目)

「博多ロックの軌跡(九州近代歌謡遺聞より)」の連載記事を掲載しています。

2014 2/24 15:38
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博多ロック編<193>オリジナルの誕生

下宿で作曲した鮎川

 「ほれっ」  「サンハウス」の柴山俊之は鮎川誠の下宿を訪ね、紙切れを渡した。生まれたての「キング・スネーク・ブルース」の歌詞が書かれていた。

2014 2/17 16:07
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博多ロック編<192>詞はラブレターのように

「サンハウス」の作詞担当の柴山=「ぱわぁはうす」で

 「サンハウス」のボーカル、柴山俊之は福岡市・天神の福岡ビル内のヤマハ楽器店に入った。自宅から近いここは毎日の周回コースの一つだった。

2014 2/10 15:12
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博多ロック編<191>オリジナルへの脱皮

木村が初めて仕立てた衣装で歌う柴山

 洋裁の専門学校に通っていた木村一枝は福岡市・周船寺の自宅で、ミシンをかけていた。着物の端切れを、着物店に勤めていた友人からこっそりともらい受け、縫い合わせていた。

2014 2/3 17:02
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博多ロック編<190>疾走したデビュー戦

九大祭で演奏する「サンハウス」

 「コンサートに出てみないか」  福岡市・西中洲のナイトレストラン「ピコ」。従業員の北島匡は「サンハウス」のボーカル、柴山俊之を誘った。

2014 1/27 16:20
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博多ロック編<189>イベンターの登場

コンサートのポスター

 北島匡は西南学院大を卒業しても定職につかなかった。決まりかけていた職を蹴った。

2014 1/20 17:09
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博多ロック編<188>ブルースにとりつかれて

小冊子は毎回、作成した(左が1回目)

 福岡市博多区須崎のロック喫茶「ぱわぁはうす」で4人の若者がガリ版印刷をしていた。店主の田原裕介、アルバイトの松本康、「サンハウス」の柴山俊之、鮎川誠。

2014 1/6 15:43
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博多ロック編<187>すべてが新しい朝

「サンハウス」時代の鮎川(左)とシーナ

 「世界のすべてが違って見える」  シーナがこう感じたのは1971年、高校3年の夏の朝だった。福岡市・春吉の通りを散歩していた。

2013 12/16 16:26
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博多ロック編<186>70年代への道

ダンスホールが演奏の舞台だった=「フォーカス」で

 鮎川誠が篠山哲雄に頼み込んできた。 「ギターを変わってくれ。

2013 12/9 17:19
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博多ロック編<185>「サンハウス」の誕生

3人の出会いから「サンハウス」は生まれた。(左から)篠山、柴山、鮎川=撮影・上田恭一郎

 柴山俊之と鮎川誠が直接、出会うのは福岡市・堅粕に住んでいたバンド「アタック」のベース、平野義法の家だった。 「新しいバンドを作りたい」 平野からの連絡を受けて、柴山はドアを開けた。

2013 12/2 16:00
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博多ロック編<184>実力派の「スマッシャーズ」

「スマッシャーズ」のメンバー(中央が小河)=「フォーカス」の楽屋裏で

 「名前を教えて」。初めてのステージで突然、若い女の子からこう言われた。

2013 11/25 17:27
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博多ロック編<183>幻の「バイキング」

春日米軍基地内で演奏する「バイキング」(右が田中、ボーカルは福田純太郎)

 福岡市・渡辺通りの「三角市場」の一角にソウルを聴かせる「JB’sBAR」がある。「JB」はソウルシンガー、ジェームス・ブラウンの愛称だ。

2013 11/18 16:50
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博多ロック編<182>クロスした二つのギター

「アタック」のメンバー。左から2人目が篠山=「キング」の店の前で

 タータンチェックの細身のズボンに、ミニタリーの上着、戦闘靴(編み上げ靴)。バンド「アタック」の5人がそろいの服装で、西鉄久留米駅前の繁華街を歩いていた。

2013 11/11 14:29
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博多ロック編<181>録音機背負う昆虫学者

上田(右から2人目)と「サンハウス」「ブロークダウンエンジン」などのメンバー=「ぱわぁはうす」前で

 北九州市八幡東区の上田恭一郎(63)の自宅の部屋は自作アンプのオーディオ、ロックのレコード、ギターが占拠している。 「標本はここには一つもありません」 上田は九州大学農学部博士課程を修了後、北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)の昆虫担当の学芸員として博物館を支えた。

2013 10/30 14:28
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博多ロック編<180>夜明け前の地下室

「ぱわぁはうす」の店内

 福岡で初めてのロック喫茶「ぱわぁはうす」が同市博多区須崎に開店したのは1971年である。その年の冬、ブルースロックバンド「サンハウス」のギタリスト、鮎川誠が地下室への階段を下りて来た。

2013 10/23 14:33
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博多ロック編<179>手作りのロック喫茶

「ぱわぁはうす」を開いた田原

 福岡県須惠町の住宅街に1988年にオープンしたフランス菓子「YUSUKE(ユースケ)」がある。店主の田原裕介(65)の名を取った瀟洒(しょうしゃ)な店である。

2013 10/16 13:37
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博多ロック編<178>1982年3月31日 観客が波のように押し寄せた

店内を埋めたファン。パイプで酸素を送り込んだが、それでもばたばたと倒れた

 この日、ロックバンド「マーキーズ」のボーカル、23歳のいときゆき(糸岐由紀子)のステージ衣装は真っ白なスーツで、おかっぱ頭にはグリーンのハットをのせた。 いつものステージは動き、歌いやすい袖なしのタイトな超ミニのワンピースだった。

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