まとめ

「爆心地は語る」

「爆心地は語る」に関するこれまで扱われたニュース一覧を最新順に掲載しています。

2016 8/6 18:00
社会

爆心地は語る<5完> 被爆71年の長崎 祈りの空間 戒めと平和の起点に

被爆2カ月後の焼け野原になった爆心地と三菱製鋼所(左奥)。中央を走るのが現在の国道206号(林重男氏撮影)

 国史跡に今秋、指定される長崎原爆遺跡に当初、爆心地(長崎市松山町)は含まれていなかった。市は、旧城山国民学校(現城山小)校舎の一部や浦上天主堂の旧鐘楼など四つの被爆遺構で構成する予定だった。

2016 8/5 18:00
社会

爆心地は語る<4> 被爆71年の長崎 犠牲者の遺骨 聞こえる地中の悲鳴

爆心地公園の再整備の時に掘削工事現場で見つかった人骨の一部(中央)

 原爆で町が一瞬で消えた爆心地(長崎市松山町)一帯には家々のがれきに交じり、犠牲者の遺体があちこちに横たわっていた。一家が全滅し捜す人もなく、野ざらしになったもの、黒焦げになったもの、白骨化したもの-。

2016 8/4 18:00
社会

爆心地は語る<3> 被爆71年の長崎 被害の基点 不条理な線引き訴え

原爆投下15分後に爆心地から9.4㌔の旧香焼村の造船所から撮影された巨大な雲(松田弘道氏撮影)

 上空でさく裂した原爆が熱源となり、発生したきのこ雲は高度1万4千メートルに達した。1945年8月9日、原爆が投下されて約15分後、放射性物質を巻き込みながら成長した巨大な雲が写真に捉えられていた。

2016 8/3 17:59
社会

爆心地は語る<2> 被爆71年の長崎 あいまい表現 オバマ演説に違和感

「落下」の文字が刻まれている爆心地に立つ中心地碑=長崎市松山町

 「空から死が落ちてきて、世界は変わった」。5月、広島の平和記念公園に立ったオバマ米大統領は演説の冒頭、原爆投下を比喩的に表現した。

2016 8/2 17:59
社会

爆心地は語る<1> 被爆71年の長崎 あんな地獄なかった 1人生き残った少女 絵本に

1人生き残った少女の体験を基に、紙芝居「爆心地の奇跡」をつくった三田村静子さん=1日午後、長崎市

 原爆がさく裂した1945年8月9日の夕方、爆心地から100メートルほどの長崎市松山町の防空壕(ごう)で、名前を呼ぶ声に気付いて目を覚ました9歳の少女がいた。内田伯(つかさ)さん(86)らが作成した復元地図に記された「黒川」家の三女で、現在は千葉県で暮らす幸子さん(80)だ。

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