まとめ

「小児がん 母と娘の闘病日記」

2019 8/19 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(19)娘から 病気が人生を変えてくれた

19歳のとき、がんの子どもたちのため、髪の毛を寄付しました

 小児がんを経験して成長した人と交流していると、さまざまな話を聞きます。「友達が離れていきそうで、なかなか病気のことが言えない」「就職試験で病気について話したら不採用だった」「晩期合併症(治療の影響で後に現れるさまざまな症状)が不安」…。

2019 8/5 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(18)母から 無理解に傷つく子どもや家族

がんの子どもを守る会メンバーと小児がんについて講演する山本章子さん(左)=昨年8月

 退院したばかりの芙優(ふゆ)と買い物に行くと、よく好奇の目で見られました。帽子をかぶっていても髪が抜けていると分かるようで「どうしたの?」と聞いてくる大人もいました。

2019 7/22 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(17)娘から 「戦友」たちとのキャンプ

10年前、キャンプに参加し始めた頃。家族には見せないような笑顔

 退院してから、私には新しい世界ができました。小児がんを経験した友達や先輩、後輩が集まる所です。

2019 7/15 11:00
医療・健康くらし

【小児がん 母と娘の闘病日記】(16)母から 親たちが語り、泣く場を

親の会で貸し出す自転車。入院中の買い物などに使ってもらう

 急性リンパ性白血病の治療を終え、芙優(ふゆ)が退院した後も、私は再発の不安に襲われ続けました。退院後もこんなにつらく不安定な生活が続くなんて、初めて「小児がん」という病の怖さと難しさに気付きました。

2019 7/1 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(15)娘から 友との別れ、死が身近に

Sちゃんのイラストを使ったストラップ。いつもかばんで揺れている

 私が人生で初めてお葬式に行ったのは、1人の仲間が旅立った時でした。入院している間に一番よく遊んだSちゃんとのお別れでした。

2019 6/3 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(14)母から 旅立った仲間、今も涙が

入院中のSちゃん(左)と芙優

 芙優(ふゆ)の退院後、私が空を見ると涙をこぼしてしまう理由がもう一つありました。今、小児がんが治る確率は70―80%といわれますが、いったい何人が再発し、病棟へと戻っていっただろう。

2019 5/27 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(13)娘から 退院の日の作文は私の原点

退院翌日。弟(右)と自宅で過ごせて幸せでした

 2009年6月、白血病の治療中、突然脳に異常が起こりました。少しだけ覚えていますが、長い長い悪夢を見ているような、自分が自分じゃないような気がして怖かった。

2019 5/20 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(12)母から 退院後も襲う 再発の不安

退院の日、祖母が飾り付けてくれた自宅で

 芙優(ふゆ)が白血病と診断されてから約9カ月、治療は終わりが近づいていました。脳に起こった異常を治療した転院先から元の病院に戻り、白血病治療が再開しました。

2019 5/6 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(11)娘から 副作用に苦しんで、また…

髪の毛がきれいに抜けてしまいました

 白血病の治療が進むにつれて、私は抗がん剤の副作用に苦しめられました。何度も気分が悪くなったり、頭やおなかが痛くなったり…。

2019 4/15 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(10)母から 体は限界「誰か娘を助けて」

専門病院に運ばれる際、病棟の仲間がくれたメッセージ(写真の一部を加工しています)

 芙優(ふゆ)の白血病の治療は進んでいきました。治療が一つ終わると主治医の判定があり、家族は個室に呼ばれて説明を聞きます。

2019 4/1 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(9)娘から 院内学級は楽しい時間

院内学級の友達とペーパークラフトをたくさん作りました

 白血病と診断され、突然始まった入院生活にも慣れてきた頃、私は院内学級に通い始めました。最初こそ何だか体がだるくて、母に誘われても行く気になれなかったけど、いつの間にか楽しみになっていました。

2019 3/25 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(8)母から どうしてわが子だけが…

芙優の入院当時、私と夫が書いていた日記

 9歳で白血病と診断された長女芙優(ふゆ)の入院から10日目。抗がん剤治療が始まりました。

2019 3/18 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(7)娘から 病名聞いて「やっぱり死ぬのかな」

看護師が私のために作ってくれた冊子

 最初の治療で大変だったのは、飲み薬と目薬がとにかくたくさんあったこと、起き上がると頭が痛かったこと。タクシーで眼科に行ったことも覚えていますが、失明の危機にあったなんてみじんも気が付きませんでした。

2019 3/4 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(6)母から 悩んだ末に、絵本で病名を告知

入院当初の芙優。副作用がきつく、よく吐いていました

 私たち家族と小児がんとの本格的な闘病が始まった入院初日から、夫の提案で日記を書くことにしました。付き添い交代時の引き継ぎを兼ねていました。

2019 2/25 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(5)娘から 弟に申し訳なかったな

弟がお見舞いに描いてきてくれた漫画

 9歳で「急性リンパ性白血病」を発病してから10年、入院当時のことは忘れつつあります。つらいことも多かったので、いいことなのかもしれません。

2019 2/18 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(4)母から 悲しみの中で入院準備

(左から)母、芙優、優馬、父。私の両親の協力に感謝しています

 急性リンパ性白血病-。こう診断された芙優(ふゆ)と付き添いの夫を病院に残し、小学2年生だった弟の優馬を預けていた実家に着いたのは夜9時近かったでしょうか。

2019 2/4 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(3)娘から 不安だった入院の夜

海水浴ではしゃぐ4歳の私

 私が「急性リンパ性白血病」と診断されたのは9歳。小さい頃からよく病気になったり、友達をつくるのが苦手だったりして、お母さん、お父さんを困らせていたよね。

2019 1/28 11:00
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(2)母から 厳しい治療、どう伝えれば

発病した年の始めの芙優(左前)、弟(右前)、私(後ろ)

 芙優(ふゆ)、あなたの小児がんが見つかったのは寒い日でした。今も寒い日が近づくと、思い出してつらくなることがあります。

2019 1/22 18:23
医療・健康

【小児がん 母と娘の闘病日記】(1)母から 始まりは首のころころ

発病直前、芙優が学校でつくった成長記録(写真の一部を加工しています)

 あれから10年もたったんだな。2008年11月、9歳だったあなたは「急性リンパ性白血病」と診断されました。

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