戦後75年 言葉を刻む
連載

「戦後75年 言葉を刻む」

戦時中から現代まで、西日本新聞の記者たちが取材してきた戦争体験者の声を過去の紙面や取材ノートから掘り起こします。全国各地の地方紙とも連携し、あの時代を見つめ直します。

2020 10/1 8:00
福岡社会連載

祖母が、先祖伝来の日本刀に打ち粉をかけながら 言葉を刻む(94)

祖母が、先祖伝来の日本刀に打ち粉をかけながら 言葉を刻む(94)

 北九州から四国に疎開中、川を泳いでいると近所のおじさんが「戦争が終わったぞ」と触れ回っていた。急ぎ帰宅すると祖母が日本刀を手にしていた。

2020 9/30 8:00
長崎社会連載

僕は何もしとらん 言葉を刻む(93)

僕は何もしとらん 言葉を刻む(93)

 同じく学徒運転士だった和田耕一さんと田中さんは、下宿先を行き来する仲だった。原爆が投下された1945年8月9日、朝から路面電車の事故が続発していた。

2020 9/29 8:00
社会連載

零戦クラスじゃないと話にならん 言葉を刻む(92)

零戦クラスじゃないと話にならん 言葉を刻む(92)

これじゃあやられっぱなし。 1945年5月、日本統治下にあった台湾の特攻隊に配属された。

2020 9/26 8:00
福岡社会連載

国内の治安維持より、兵役が優先された。父は悔しかったろう 言葉を刻む(91)

国内の治安維持より、兵役が優先された。父は悔しかったろう 言葉を刻む(91)

国内の治安維持より、兵役が優先された。 小倉警察署の刑事として昼夜関係なく容疑者を追い続けた父は、強盗殺人事件の捜査に当たっていた1943年、陸軍に召集された。

2020 9/25 6:00
佐賀社会連載

あの心境は、行ったもんにしか分からんとさ 言葉を刻む(90)

あの心境は、行ったもんにしか分からんとさ 言葉を刻む(90)

 太平洋戦争末期に開発された旧海軍の艦上攻撃機「流星」の搭乗員だった。首都防衛のため赴いた千葉県で8月9日に敵艦への特攻作戦を命じられたが、機体の不調で不時着。

2020 9/24 6:00
社会連載

上等兵は小さな声で「オッカシャン」と叫んだ 言葉を刻む(89)

上等兵は小さな声で「オッカシャン」と叫んだ 言葉を刻む(89)

 1945年4月、ビルマで行われた戦闘中、そばを走っていた上等兵が砲弾に当たって倒れた。腸が露出していた。

2020 9/19 6:00
社会連載

米国と戦争するなんて想像だにしなかった 言葉を刻む(88)

米国と戦争するなんて想像だにしなかった 言葉を刻む(88)

 朝日新聞で国会担当記者だった1941年12月8日早朝、社からの電報で出社し、真珠湾攻撃と日米開戦を知る。その後、「負け戦を勝ち戦のように報じ続けて国民を裏切った」責任を取り、45年8月15日に退社。

2020 9/18 6:00
社会連載

「危ないぞー」と叫び、台湾人を目がけて石を転がした 言葉を刻む(87)

「危ないぞー」と叫び、台湾人を目がけて石を転がした 言葉を刻む(87)

 小学生の頃に暮らしていた日本統治下の台湾。川で砂金を取る貧しい住民を目がけて、級友と一緒に、高さ20メートルはある崖の上から人頭大の石を転がした。

2020 9/17 6:00
長崎社会連載

6千メートルを超えると操縦かんを引いても、プスプスと音がするだけ 言葉を刻む(86)

6千メートルを超えると操縦かんを引いても、プスプスと音がするだけ 言葉を刻む(86)

6千メートルを超えると操縦かんを引いても、プスプスと音がするだけ。 東京・調布の陸軍飛行戦隊で首都防空に当たった。

2020 9/16 6:00
社会連載

青春そのもので、一番幸せな時期だった 言葉を刻む(85)

青春そのもので、一番幸せな時期だった 言葉を刻む(85)

 現在は農地が広がる長崎県諫早市の干拓地に戦時中、「長崎地方航空機乗員養成所」があった。民間のパイロット養成という名目で軍の操縦士育成を担ったとされる。

2020 9/15 6:00
社会連載

尻の肉の厚さで仕事が決められた 言葉を刻む(84)

尻の肉の厚さで仕事が決められた 言葉を刻む(84)

 戦後最大の悲劇といわれるシベリア抑留を経験した。氷点下15~20度の酷寒の中、数キロ先の原っぱまで歩き、凍土に鉄の棒を打ち込む重労働を強いられた。

2020 9/12 6:00
長崎社会連載

海にいる時間は長く、陸はただ遠かった 言葉を刻む(83)

海にいる時間は長く、陸はただ遠かった 言葉を刻む(83)

 軍に徴用された三井船舶の船員として、石油などの物資の海上輸送に関わった。多くの日本船が通るフィリピン-台湾間のバシー海峡には米潜水艦が待ち伏せ、「輸送船の墓場」と恐れられた。

2020 9/11 6:00
社会連載

虫の知らせだったのだろう 言葉を刻む(82)

虫の知らせだったのだろう 言葉を刻む(82)

無性に荷物の整理をしたかった。 戦時中、フィリピンで、死にゆく少尉が語った言葉という。

2020 9/10 6:00
社会連載

みんな「お母さんありがとう」と書いた 言葉を刻む(81)

みんな「お母さんありがとう」と書いた 言葉を刻む(81)

「お父さん」と書くやつは誰もおらん。 海軍飛行予科練習生の卒業を控えた1944年、航空機の不足を理由に突然、潜水艦に乗るよう命令された。

2020 9/9 6:00
大分社会連載

アーと産声を上げる赤ちゃんもいたけど、そうして置いておけば…ね 言葉を刻む(80)

アーと産声を上げる赤ちゃんもいたけど、そうして置いておけば…ね  言葉を刻む(80)

アーと産声を上げる赤ちゃんもいたけど、そうして置いておけば…ね。 旧満州(中国東北部)などから引き揚げる途中で暴行され妊娠した女性が中絶手術を受けた「二日市保養所」(福岡県筑紫野市)で1946~47年、助産師を務めた。

2020 9/8 6:00
福岡社会連載

戦争はいつ始まるか分からんもんですよ 言葉を刻む(79)

戦争はいつ始まるか分からんもんですよ 言葉を刻む(79)

戦争はいつ始まるか分からんもんですよ。 当時の世界最大級だった航空母艦「加賀」の乗組員として真珠湾攻撃に参加した。

2020 9/5 6:00
2020 9/4 6:00
社会連載

11歳の8月8日までしか学校に行っとらんと 言葉を刻む(77)

11歳の8月8日までしか学校に行っとらんと 言葉を刻む(77)

 開拓団として旧満州に渡ったが、1945年8月9日のソ連侵攻の後、家族とはぐれてしまい中国人に引き取られた。山中の貧しい家庭で重労働を強いられ、泣く暇もなかった。

2020 9/3 6:00
社会連載

「豪州一番乗り」を合言葉に、血気盛んに乗り込んだ  言葉を刻む(76)

「豪州一番乗り」を合言葉に、血気盛んに乗り込んだ 言葉を刻む(76)

 1942年8月に海軍佐世保鎮守府で編成された「特別陸戦隊」の一員として、南太平洋ソロモン諸島のブーゲンビル島に上陸した。米兵との地上戦を覚悟していたが、待っていたのは戦闘機による一方的な爆撃だった。

2020 9/2 6:00
社会連載

「私が残ります」。一人、また一人と女性が手をあげて、皆の前に出た 言葉を刻む(75)

「私が残ります」。一人、また一人と女性が手をあげて、皆の前に出た 言葉を刻む(75)

「私が残ります」。 北朝鮮で暮らしていた13歳の夏に終戦を迎えた。

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