難民・アフガン 命を守る
連載

「難民・アフガン 命を守る」

アフガン復興が語られ始めた今このときにも、四百万難民がさまよう。戦乱、干ばつ、貧困によって生まれ、国際社会が忘れてきた人たちだ。彼ら、彼女らに寄り添っている医療非政府組織(NGO)がある。新しい戦争でアフガンが注目されるずっと前から、現地で難民の命を守り続けるペシャワール会(福岡市)。その活動を現地から報告し、私たち日本人に何ができるかを考える。(2002年1月20日から1月29日に掲載)

2002 1/29 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】①帰還 末娘の姿今はなくとも

日本では簡単に治る病気で死んでいくアフガン難民の子どもたち。PMS病院には、栄養失調の幼子が母親に付き添われて入院している

 アフガン復興が語られ始めた今このときにも、四百万難民がさまよう。戦乱、干ばつ、貧困によって生まれ、国際社会が忘れてきた人たちだ。

2002 1/28 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】②放置 少女は8年待ち続けた

いつもチャドルで顔を隠しているブルブラ。手術を受けて教壇に立てる日を夢見ている

 三つある女性病室の一つに、二人の患者が居残っている。イスラム教の正月にあたる断食明けの大祭イードが始まり、ほかの患者たちは一時帰郷したというのに。

2002 1/27 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】③奔走 国を担う子らのために

心臓病のシャバナは病院の中庭で陽気に遊んでいた

 大みそかの朝。ペシャワール会医療サービス(PMS)病院の診察室をアフガン人ハイデル(46)が訪ねていた。

2002 1/26 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】④責務 じっと待つ人々がいる

空爆下でも続いた食料配給。多くの住民がトラックに殺到した=昨年10月、アフガニスタン東部ジャララバード(ペシャワール会提供)

 六台のトラックがパキスタン・トルハムの国境ゲートを通り、アフガニスタンに入った。合わせて百七十トンの小麦粉を積んでいる。

2002 1/25 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】⑤枯渇 何とか生き延びておれ

ダラエ・ヌール渓谷のブリアライ村で井戸を掘る村人たち =2001年8月(ペシャワール会提供)

 アフガニスタン東部、クナール川の奥地にあるダラエ・ヌール渓谷。福岡市の医療非政府組織(NGO)ペシャワール会が運営する診療所の門の前に人だかりがしていた。

2002 1/24 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】⑥信頼 ずっと近くにいるから

患者たちから厚い信頼を得ている主任看護婦の藤田千代子。ペシャワルに来て13年目となった

 チャドルで顔を覆った三十代後半の女性が、看護士に尋ねた。「シスター藤田はいますか」。

2002 1/23 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】⑦原点 だれもやらないことを

PMS病院靴工房のモルタザ(右)とハイデル。2人は15年以上、中村と歩み続ける

 ペシャワール会医療サービス(PMS)病院の敷地の一角に、ハンセン病患者のための靴の工房がある。パキスタン北西辺境州にはハンセン病患者を診る病院が三十ほどあるが、靴までつくっているのはここだけだ。

2002 1/22 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】⑧病魔 闘いに終わりは来ない

アフガン人のハンセン病患者ナビー(右)は、入退院を繰り返してきた

 アフガニスタン東部出身のナビーは年齢不詳だが、一九五〇年代までは腕のいいきこりだった。六〇年ごろ、ロバの手綱を引く手が血だらけになってようやく、けがに気づいた。

2002 1/21 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】⑨誓い 国境を超えて集う良心

主任看護士のアーベット(右)は、若手看護士をひっぱり病院を支え続ける

 色あせた革ジャンパーを着た男が、ゲリラ拠点の岩に腰掛けて笑っている。その若き日を切り取ったスナップ写真を、ペシャワール会医療サービス(PMS)病院の主任看護士アーベット(38)は大切にしている。

2002 1/20 0:00
国際

【難民・アフガン 命を守る】⑩取材ノート 「現地と存る」を貫いて

空爆下も診療を続けたカブールのPMS病院の診療所。中村哲の精神は現地スタッフに確実に浸透している

 今月七日、パキスタン北西辺境州のペシャワル。医師中村哲(55)は、今年初めてペシャワール会医療サービス(PMS)病院で回診した。

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