原爆を背負って
連載

「原爆を背負って」

「戦後75年」の夏。長崎原爆で被爆し、被爆直後の真っ赤な血で染まった背中の写真で世界に知られた日本原水爆被害者団体協議会(被団協)代表委員の故・谷口稜曄(たにぐち・すみてる)さんの聞き書き「原爆を背負って」(2013年、78回)をお届けします。聞き手は久知邦記者。文中の年齢などは連載当時のものです。

2020 9/23 11:02
社会

命を振り絞る 私を最後の被爆者とするために 原爆を背負って(最終回)

子孫に託す前に核兵器廃絶の道筋をつけたい。そのために訴え続けます

 昨春、私が会長を務める長崎原爆被災者協議会(被災協)に「被爆二世の会」ができました。これまで実現しなかったのは、2世が仕事や子育てに追われていたことや、偏見を受けることを心配したからです。

2020 9/22 11:02
社会

古里を愛して 毎朝たたく神社の太鼓 原爆を背負って(77)

「キャラメルまき」のときは私も童心に帰ります

 朝起きると、必ずすることがあります。自宅のすぐ下にある烏岩(からすいわ)神社に、ご飯をあげに行くんです。

2020 9/21 11:02
社会

たくさんの出会いに励まされて 原爆を背負って(76)

自宅を訪れた外国人と一緒に写る私とウルリケ(前列右端)

 今春、代表委員を務める日本被団協に米国から1通のメールが届きました。16歳の高校生からです。

2020 9/20 11:02
社会

トルーマンの孫に会う 目に焼き付けてほしかった姿 原爆を背負って(75)

核兵器廃絶に向け、ダニエルさん(右から2人目)とも手を取り合って行動できればと思います

 2012年夏、長崎、広島に原爆投下を命じたトルーマン元米大統領の孫クリフトン・トルーマン・ダニエルさん(56)が、被爆地を訪れました。最初にその話を聞いたとき、胸に抱いたのは警戒感でした。

2020 9/19 11:02
社会

福島第1原発事故 恐れていたことが現実に 原爆を背負って(74)

東日本大震災で深刻な事故を起こした東京電力福島第1原子力発電所

 2011年3月11日、大地震が東日本を襲いました。地震で発生した津波が町や道路をのみ込んでいく。

2020 9/18 11:02
社会

衰え、不安、遺言…めっきり減った講話 原爆を背負って(73)

講話の後は長崎原爆被災者協議会の奥の部屋で一服します

 年間300回を超えていた修学旅行生への講話は、めっきり減りました。2012年の初めに体調を崩し、急性肺炎で3カ月間入院したのが原因です。

2020 9/17 11:02
社会

仙ちゃんの死 お疲れさま、よく頑張った 原爆を背負って(72)

2013年に亡くなった山口仙二さんの葬儀。多くの人が別れを惜しんだ

 「もう一度だけ、ゆっくり話したかった」。線香を上げ、遺影に語り掛けました。

2020 9/16 11:02
社会

世界は変わったのか 安心して死ねる日はいつ 原爆を背負って(71)

「核廃絶に向けて頑張ってください」と国連事務総長の潘基文氏と握手を交わしました

 2010年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議。各国政府関係者を前に演説をした数日後、私たちは帰国しました。

2020 9/15 11:02
社会

NPTで訴え 2010年「人生最後の大舞台だ」 原爆を背負って(70)

国連本部で各国代表を前に核兵器廃絶を訴えました

 核拡散防止条約(NPT)再検討会議を1カ月後に控えた2010年4月、日本被団協の代表として米ニューヨークの国連本部でスピーチすることが決まりました。NGO代表者が各国政府に直接訴えることができる大事な場です。

2020 9/14 11:02
社会

オバマ大統領登場 閉塞感が吹き飛ぶ思い 原爆を背負って(69)

プラハで「核なき世界の実現」への決意を語ったオバマ米大統領

 テレビにくぎ付けになりました。映っていたのは、黒人初の米大統領バラク・オバマ氏。

2020 9/13 11:02
社会

ノーベル賞候補に 世界に認められた瞬間 原爆を背負って(68)

ノーベル平和賞の候補に上がるたび、記者たちが詰め掛けます

 被爆者や非核を願う人々の期待を裏切った2005年5月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議。ですが、核兵器の使用が何をもたらすのか、米国市民や各国政府代表に広く訴えることはできた。

2020 9/12 11:02
社会

核廃絶の道遠く 「9.11」が変えた世界 原爆を背負って(67)

「核兵器廃絶」を掲げ、下平作江さんたちとニューヨークを行進しました

 2000年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の成果などを受け、世界は確実に核軍縮に向かっていくはずでした。しかし、翌年、状況は一変します。

2020 9/11 11:02
社会

ICJの意見 核兵器使用は「一般的に国際法違反」 原爆を背負って(66)

長崎原爆資料館を訪れたウィラマントリー氏(右端)を案内する私(左端)と山口仙二さん

 「この子どもたちに何の罪があるのか」。長崎市の伊藤一長市長(故人)が、黒こげになった少年の写真パネルを示しながら訴えました。

2020 9/10 11:02
社会

花輪踏みつけ事件 憎いのは核兵器 原爆を背負って(65)

山口仙二さんを中心に平和祈念像前に座り込みました。後列の右から2人目が私=撮影は黒崎晴生さん

 米国は「原爆投下は正しかった」という大統領発言だけでなく、被爆者の気持ちを踏みにじる行為をしたことがあります。1989年9月、核兵器搭載の疑いがあった軍艦「ロドニー・M・デイビス」を長崎市に寄港させたんです。

2020 9/9 11:02
社会

民間交流で伝える もう一つの「原爆展」 原爆を背負って(64)

手紙のやりとりや交流を続けている米国人もいます

 1995年、戦後50年の節目に米国立スミソニアン航空宇宙博物館が企画した「原爆展」は、退役軍人や議会の反発で「エノラ・ゲイ展」に代わってしまいました。でも、同じ首都ワシントンにあるアメリカン大学で、もう一つの「原爆展」が開かれることになりました。

2020 9/8 11:02
社会

核大国米国の論理 あきれた正当化 原爆を背負って(63)

スミソニアン航空宇宙博物館の原爆展は、原爆を投下したB29「エノラ・ゲイ」展に切り替えられました

 私が海外で被爆の実相を訴えた回数はこれまで23回に上ります。訪問先で一番多いのは米国で、9回を数えます。

2020 9/7 11:02
社会

集団訴訟の到達点 19連敗の国が基準を緩和 原爆を背負って(62)

結論がなかなか出ない検討会に業を煮やし、今春、日本被団協で国会に要請活動をしました

 勝訴、勝訴、勝訴、勝訴-。司法はことごとく被爆者の訴えを支持しました。

2020 9/6 11:02
社会

原爆症認定訴訟 認められた放射線の影響 原爆を背負って(61)

1993年5月、長崎地裁の勝訴判決に、松谷英子さんは母の遺影を手に喜びを語りました

 鳴りやまない拍手の中、報道陣に囲まれる女性。1993年5月、長崎地裁で、松谷英子さん(71)はカメラを前に喜びを爆発させました。

2020 9/5 11:02
社会

国家補償への思い 被爆の1万3179人を実態調査 原爆を背負って(60)

今年1月、「国の償い」を明記した被爆者援護法改正を求める署名をJR長崎駅前で集めました

 基本懇の意見書を乗り越えるため、日本被団協が取り組んだのが被爆者の実態調査でした。原爆で負った苦しみが本当に受忍できる被害なのか。

2020 9/4 11:02
社会

「受忍論」に怒り 裏切られた期待 原爆を背負って(59)

長崎市を訪れた基本懇のメンバーは、長崎国際文化会館や長崎原爆病院などを視察しました

 「戦争被害は国民が等しく受忍すべきだ」。1980年12月、国の原爆被爆者対策基本問題懇談会(基本懇)が出した意見書の内容に、耳を疑いました。

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