「水上のグレートマザー」日高逸子物語
連載

「「水上のグレートマザー」日高逸子物語」

苦難の子ども時代を乗り越え、娘2人を育てながら、ボートレース界のトップを極めた「水上のグレートマザー」日高逸子=福岡市。現役女子最年長となり、選手生命の崖っぷちに立った日高は再起できるのか…。

2021 10/14 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】 「やめます」の言葉に教官は…作文が結んだ出会い

本栖研修所時代の日高逸子。やめる意思を翻意させたのは“恩人”の言葉だった

 日高逸子に言葉を掛けられた教官は、ただならぬ様子に何かを察知したのか「ここでは何だから」と言って、講堂へ連れて行った。 周りには誰もいない。

2021 10/7 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】怖くて怖くて…夜も眠れず 実戦訓練でボートと格闘

競艇のボートの船底は、波を切るV字型ではなく、平面のため、水上を飛び跳ねて滑るように走る

 日高逸子たちの訓練に「実戦」が組み込まれる日がやってきた。山梨県の本栖湖の湖面に揺れながら浮かんでいるボートを見て、逸子は目を白黒させた。

2021 9/30 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】「朝からピリピリ」完全隔離の訓練生活スタート

本栖湖の訓練は朝6時から緊張感に包まれていた

 競艇の2次試験に合格し、故郷で「選手になる」と宣言した日高逸子は、山梨県の本栖湖に向かった。1966年に全国モーターボート競走会連合会(現在の日本モーターボート競走会)がつくった「本栖研修所」で1年間の訓練を受けるためだ。

2021 9/23 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】33倍の難関突破 故郷での猛反対にも「帰りません」

志布志湾から見える水平線に向かって、日高逸子は真っすぐに生きてきた

 東京で1人暮らしをして3年。競艇という新たな道を見つけた日高逸子は、祖母・初美がいる宮崎県串間市に向かっていた。

2021 9/16 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】恐怖で足が震えた…「天の声」で実技試験に合格

日高逸子の想像とは違い、ボートには運転席のような椅子はなかった

 競艇の2次試験会場は、富士五湖の一つ本栖湖にあった。東京から新幹線とバスを乗り継いでやってきた日高逸子は、そこで初めてボートレースの現場を目にした。

2021 9/9 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】「チャンスは1度」 緊張の1次試験で血圧上昇?

「チャンスは1度」。日高逸子は競艇の1次試験に挑んだ

 競艇選手を目指すと決めた日高逸子だったが、実現には厳しい道のりが待っていた。 女子の受験資格は身長165センチ以下、体重42キロ以上で50キロ以下。

2021 9/2 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】「ボートに乗って1000万円!」 テレビCMの衝撃

「ボートに乗って1000万円」。競艇選手募集のCMを見た日高逸子の体に衝撃が走った

 東京・北千住に暮らす友人の部屋に引っ越す日がやってきた。トラックから荷物が部屋に運び込まれ、作業が一段落すると、友人が「ひと休みしようよ。

2021 8/26 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】またデスクワーク? 我慢できず旅行会社を退職

日高逸子は渋谷の旅行会社に勤めたが、半年で退職する

 日高逸子が入社した旅行会社は渋谷にあった。街は若者やサラリーマンであふれている。

2021 8/19 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】6回の告白にも振り向かず 運命の人との出会い

未来の夫婦、逸子(前列右)と邦博(前列右から2人目)は旅行専門学校の同級生だった

 日高逸子は旅行専門学校で充実した日々を送っていた。ある日、授業が終わり、夜のアルバイトに行こうとした時だった。

2021 8/12 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】愛称は「カンコ」 夢に向かって猛勉強も…

日高逸子(前列左)は「カンコ」の愛称で旅行専門学校の同級生に親しまれた

 日高逸子は小学生の頃から「カンコ」と呼ばれていた。おかっぱ頭で、お笑い芸人の間寛平に似ていると誰かが言い出してついた愛称だ。

2021 8/5 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】学費に仕送り…残高ゼロ、サラ金に手を出した

日高逸子は生活費を稼ぐため新宿のクラブで働いた

 ツアーコンダクターを目指して旅行専門学校に入学したまではよかったが、日高逸子の財布は心もとなかった。年間の授業料は100万円。

2021 7/29 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】南の島が変えた運命 次の夢は「ツアーコンダクター」

日高逸子は初めての旅行で訪れた与論島で新たな思いを抱いた

 新聞配達員からウエートレスに転職しようと考えた日高逸子は、新宿・歌舞伎町に足を踏み入れた。喫茶店の店長との面接は順調だったが、逸子の一言で雲行きが怪しくなった。

2021 7/22 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】四畳半に共同トイレ…重労働で「もう限界」

東京製菓学校時代の日高逸子(左)

 上京した19歳の日高逸子は、大都会の街並みに目を丸くした。見たことのない超高層ビル、きらびやかなネオン街、見渡す限りの人の海…。

2021 7/15 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】単調な日々もう嫌…100万円を握りしめ東京へ

日高逸子は串間市の自宅で、祖母と大叔父に東京行きの思いを告げた

 信用金庫の仕事は、日高逸子にとっては苦痛でしかなかった。受付のほかに預金係もしていたが、実のところ客から印鑑を押してもらうだけだった。

2021 7/8 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】事故で狂った進路…笑顔ができない“職場の華”に

高校時代の日高逸子(左)

 1980年春、高校を卒業した日高逸子は地元の信用金庫(宮崎県串間市)に入社した。「家を出て自立したい」という願いをかなえられなかったのには理由があった。

2021 7/1 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】「1年は球拾い」で退部 次に目指したコマネチ

高校時代、器械体操部に所属していた日高逸子(後方中央)

 日高逸子は1977年4月、奨学金制度を使って宮崎県串間市の県立福島高校に入学した。朝5時に起きて新聞配達を終えると、自分と兄の弁当を作って家を出る。

2021 6/24 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】初めて父から暴力…「酒さえ飲まなければ」

中学時代の日高逸子

 奨学金制度を使って高校に進学しようと決めた日高逸子は、家の手伝いをしながら中学校でソフトボールやバスケットボールの部活動にも挑戦した。 しかし、その心に影を落としていたのが、酒乱の父の存在だった。

2021 6/17 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】祖父の死…味方失い「自分の力で生きていく」

子ども時代の日高逸子の写真に笑顔はない

 宮崎県串間市で農家を営む祖父母の生活は苦しかった。祖父は農閑期になると関東、関西へ出稼ぎに行っていた。

2021 6/10 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】「神様なんていない」逆境で芽生えた自立心

祖父母宅の近くのバス停で、逸子は兄と一緒に母の帰りを待ち続けた

 6歳の日高逸子を乗せた列車は、宮崎県都城市から5時間近くかけて目的地に着いた。県最南端、志布志湾と日向灘に挟まれて突き出た半島にある串間市。

2021 6/3 7:00
福岡スポーツ連載

【日高逸子物語】小1の夏、母は消えた 父の暴力に「殺される」

あどけない表情の日高逸子(右)と兄馨也。優しく包む母の手は温かかった

 日高逸子(59)は1961年10月7日、中学教諭の父薫かおると、保育士の母清美の長女として産声を上げた。3年後の東京五輪に向け、日本は建設ラッシュの好景気だった。

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開催中

久木朋子 木版画展

  • 2021年10月13日(水) 〜 2021年10月18日(月)
  • 福岡三越9階岩田屋三越美術画廊

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