「現代ブンガク風土記」
「現代ブンガク風土記」に関するこれまで扱われたニュース一覧を最新順に掲載しています。
メッセンジャーの際どい内面 砂川文次『ブラックボックス』
自転車に乗って移動しているような身体感覚を与える小説であり、暴力的な衝動を持て余しながら生きている若者の精神状態を体感させる小説でもある。本作は、都心で急ぎの書類や物品などの配達を行うメッセンジャー(自転車便)の仕事に就く若者サクマの際どい内面を描く。
中二病者のための恋愛読本 綿矢りさ『勝手にふるえてろ』
女性の「中二病」を題材としたユーモラスで、恐ろしい作品である。綿矢りさは、社会に適応しているように見えて、社会から逸脱した欲望を持て余している女性を描くのが上手(うま)い。
人生哲学に満ちた「私小説」 田辺聖子『姥ざかり』
田辺聖子は大阪市の天満の育ちで、大阪弁を用いた恋愛小説の名手として知られる。作中に登場する女性たちのように、社会人として生計を立てながら、大阪文学学校で才能を開花させた。
群れたがる人の心の盲点 村上春樹『女のいない男たち』
本文中の言葉を借りれば、「人生とはそんなつるっとした、ひっかかりのない、心地よいものであってええのんか、みたいな不安」を描いた短編集である。
ゆるいイエ社会の存在価値 長嶋有『佐渡の三人』
人の気配の希薄さと、トキの存在を遠くに感じながら、新潟県の佐渡島に3度行く話である。ユネスコの世界文化遺産への推薦をめぐり「佐渡島の金山」が注目を集めているが、約400年の歴史を有する金鉱山は、資源枯渇のため平成のはじめに操業を休止している。
「集団の暴力」女性の視点で 桐野夏生『夜の谷を行く』
「愛も憎も共有しているじゃないか。そういう思い出を一緒にする人間って、この世にいるようで、案外いないぜ」と、かつて「政治結婚」をしていた男に言われ、63歳の西田啓子は我に返る。
「勇士」に私情を重ねて 大江健三郎『河馬に噛まれる』
あさま山荘事件は、長野県軽井沢町の別荘地にあった河合楽器の保養所で、1972年に起きた連合赤軍のメンバー5人による立てこもり殺人事件である。山荘の管理人の妻が人質にとられ、10日間に及ぶ警察との攻防戦の末、機動隊員を含む3人が殺害された。
「箱庭細工」のような恋愛小説 田辺聖子『ジョゼと虎と魚たち』
「人生というものは、芥川がその知性と神経のピンセットの先でつくりあげた箱庭細工のように出来上がっていない」と文芸評論家の江藤淳は述べている。言い換えれば、芥川の作品が「高度な知性」と「繊細な神経」の間で築かれたことを物語る秀逸な表現である。
不器用かつ繊細に「私」を模索 西村賢太『どうで死ぬ身の一踊り』
何のそのどうで死ぬ身の一踊り、という私小説家・藤澤清造の晩年の詠句から表題を採った表題作を含む、西村賢太の最初の作品集である。この句には、不遇だった藤澤の「自爆するをも覚悟した、捨て身のひらき直りと無限の怨(うら)み」が込められているらしい。
大歌手が記す父との思い出 さだまさし『かすてぃら 僕と親父の一番長い日』
さだまさしが父親の危篤に際して、家族との思い出をひもといた自伝小説である。父・雅人の口癖は「貴様が寝ション便垂れてる頃、私はお国の為に命を捧(ささ)げて戦っていたんだ、この若造」という過激なもので、彼はカステラを千切って食べるのが好きだった。
伝統的景観生かし青春描く 米沢穂信『氷菓』
青春小説はなぜ人々を魅了するのだろうか。一つの答えを示せば、おそらく多くの人が高校や大学に通い、社会人になりたての時期に、その後の人生を共にする友人や恋人、将来を左右する学校や職場に入り、「取り換えのきかない時間」を経験するためであろう。
「心の死」めぐるミステリ 米沢穂信『満願』
栃木県の八溝山地の「楽に、綺麗(きれい)に死ねる名湯」や、不審事故が続けて起きる静岡県の天城連山の「死を呼ぶ峠」、バングラディシュ・ダッカにある「ガス田開発で内紛が起きる村」など「いわくつきの場所」を舞台にした短編集である。
子どもの感情通し描く「戦後」 髙樹のぶ子『マイマイ新子』
かつて周防の国の都だった国衙(こくが)(現・山口県防府市)を舞台に、9歳の新子の成長を描いた作品である。北に多々良の山を擁し、南に穏やかな瀬戸内海を有する国衙には史跡が残り、かつて都だった時代の繁栄の跡が残る。
理工大描くミステリ私小説 森博嗣「工学部・水柿助教授の日常」
森博嗣は名古屋大工学部で「フレッシュ・コンクリート(生コン)」の研究を行い、助教授の立場で作家となった異色の経歴を持つ。本作は、森博嗣の「私小説」と言える自伝的な作品で、森の分身と言える「水柿君」が三重大と思(おぼ)しき大学の助手に採用され、名古屋大と思しき大学に助教授として赴任する30代前半までを描く。
猟奇的事件絡め迫る人の闇 吉田修一『犯罪小説集』
この短編集は日本の地方都市を舞台とした五つの犯罪事件を、事件そのものというよりは、そのプロセスを関係する人々の内面を通して描いた短編集である。実際に起こった事件を想起させる短編集であるが、いずれの作品にも吉田修一らしい創作的なテーマ設定があり、オリジナルの作品として読み応えがある。
漲る野性味 マタギの全盛期描く 熊谷達也『邂逅の森』
熊やアオシシ(カモシカ)、ニホンザルなどの狩猟を生業とする「マタギ」の里・秋田県荒瀬村打当(現・北秋田市阿仁打当)で生まれた富治の物語である。胃腸病や婦人病などの万能薬として重宝される「熊(くま)の胆(い)」を得るために、マタギたちは命懸けで熊を追う。
「京都暴動」描くパニック小説 佐藤究『Ank:a mirroring ape』
新型コロナウイルスの感染が拡大する以前の京都の「オーバーツーリズム(許容範囲を超えた観光)」を風刺した作品である。嵐山から京都御所、八坂神社まで「モンスター級の観光都市」を舞台に発生した「京都暴動」を巡るミステリーが物語の核となる。