博学博多
連載

「博学博多」

博多は古代から大陸に開かれとった街やけん、よか話のたくさんありますと。人物、食べ物、祭りなど多彩な史実・雑学を集めた《郷土事典》。17年間の朝刊連載からお届けしまっしょ!

2021 4/11 6:00
文化

「あのクサ、なして、そげん、こげん」。強烈な存在感がある博多弁

 話していることばで出身地が分かることがある。方言の持つパワーを表すものだ。

2021 4/4 6:00
文化

福岡藩が威信を懸けてもてなし、日韓の交流に大きな役割を果たした朝鮮通信使

朝鮮通信使が相島に到着した波止場。江戸期の石積みが今も残る=2016年

 日本と韓国の交流は歴史のあけぼのの時代までさかのぼるが、江戸時代に福岡藩が多くの人やお金を注いで果たしてきた交流の役割はあまり知られていない。それは朝鮮の外交使節「朝鮮通信使」への接待であった。

2021 3/28 17:18
文化

石見銀山を発見して得た莫大な富が、博多発展の礎に。戦国時代の博多商人神屋一族

石見銀山=2006年

 2007(平成19)年、島根県大田市にある石見(いわみ)銀山が世界遺産に登録された。かつて世界にもその名を知られた銀山だが、実は博多との縁が深い。

2021 3/21 6:00
文化

60年ほど前まで海沿いには炭鉱があった姪浜。福岡市の西の拠点の今昔

早良炭鉱ボタ山。手前は社宅=1959(昭和34)年08月撮影

 福岡市西部の副都心として発展し続ける西区姪浜。再開発が進み、街の様子は刻々と変わっている。

2021 3/14 6:00
文化

龍の都と呼ばれた志賀島。独特の神事や風習が息づく志賀海神社へ

江戸時代の初めに作られた竜頭。鹿の角が埋め込まれている

 弥生時代に大陸との交流があったことを物語る国宝「金印」。その金印が出土したことで知られるのが福岡市東区の志賀島だ。

2021 3/7 6:00
文化

悪疫に苦しんだ中世博多。貿易商・謝国明が町民に振る舞ったそばが…

多くの灯明が並んだ謝国明遺徳顕彰慰霊祭=2018年

 新しい年を迎えるに当たっての習慣はいろいろあるが、中でも来る年の幸運を願って食べる年越しそばは欠かせないもの。博多では「運そば」というこの風習は、もともと福岡市博多区にある古刹・承天寺を建立し、聖一国師を迎えて開山とした鎌倉時代の渡来人・謝国明(しゃこくめい)の貧民救済の行いから始まったといわれる。

2021 2/28 6:00
文化

最盛期には77館がひしめいた。福岡の映画館史を写真とともに振り返る

東中洲の映画館街 1961年05月頃

福岡市に初めて映画の常設館が登場したのは1913(大正2)年、東中洲の「世界館」。花電車が運行されるほどの大ニュースだった。

2021 2/21 6:00
文化

1票差「博多市」採用ならず。福岡、博多の由来と消えた町名が語る歴史

御供所町で見つかった太閤町割りのルーツとみられる側溝(手前のくぼみ部分)。1985年7月25日

 生まれ育った者には何ということもないことでも、他のエリアから来た人には不思議に思えることがある。福岡と博多という二つの地名もそうだという。

2021 2/14 6:00
文化

次々と飛び出す驚天のアイデア 〝光頭無毛文化財〟企画の鉄人・田中諭吉

 梅香る中、みやびな平安の世界が繰り広げられる太宰府天満宮(福岡県太宰府市)の「曲水の宴」。王朝絵巻さながらのこの行事の陰にはある男のひらめきがあった。

2021 2/4 6:00
文化

道なきところに道を開き、福岡の未来を開いた博多商人、渡辺与八郎

昭和37年12月20日の渡辺通り。南から天神の街を望む(右は西日本新聞社)

 福岡市の中心部・天神を南北に貫く渡辺通り。その通りの名は明治期の博多を駆け抜けた偉大な博多商人・渡辺与八郎にちなむものだ。

2021 2/1 3:00
文化

変わりゆく天神の街を「チンチン電車」の歴史と写真で振り返ります

meチンチン電車_渡辺通を走るチンチン電車。左に西鉄福岡駅が見える=昭和53年12月27日

 かつて福岡はチンチン電車が走る街だった。長崎、鹿児島市などでは今も路面電車が活躍しているが、全国的にその姿は消えつつある。

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