
「朝刊連載小説「本心」」 (16ページ目)
死んだ母親のVF(バーチャル・フィギュア)と、仮想空間で会話を重ねていく29歳の青年。 あのとき、「安楽死」を口にした母親の本心は―。
平野啓一郎 「本心」 連載第16回 第二章 告白
いずれ、この世界から、諸共(もろとも)に失われてしまうなら、肉体が記憶と睦(むつ)み合おうとするのも当然だった。 旅程のすべてを、若松さんのアバターとして辿(たど)ることも可能だったが、長時間は、体力が保(も)たないというので、二箇所の目的地だけに絞ることにした。
平野啓一郎 「本心」 連載第15回 第二章 告白
自転車や電車で物を運ぶこともあれば、依頼者が行けないような遠い場所、危険な場所に行くこともある。何かのリサーチを頼まれることもあったし、旅行の代理を頼まれることもある。
平野啓一郎 「本心」 連載第13回 第二章 告白
母の後半生の労働が、この小高い丘の上に建つマンションの三階の一室に捧(ささ)げられたという考えは、僕を打ちひしがせるに十分だった。決してその努力に値しないものにさえ、手が届かない努力。
平野啓一郎 「本心」 連載第12回 第一章 再生
ご家族のVF(ヴァーチャル・フィギュア)を望まれる方は、ご病気で意思疎通が出来なくなったり、死別されたりというケイスが多いですから。少しずつ、以前同様のコミュニケーションが回復してゆくことが、大きな喜びになります。
平野啓一郎 「本心」 連載第10回 第一章 再生
ただ、「尤(もっと)もらしい」ことを言っているに過ぎず、実際、こうしたやりとりは、大体いつも、似たり寄ったりなのだろう。情緒的な内容を含んでいるが、銀行の受付機械と、実際はそう大して違わないのではないか。
平野啓一郎 「本心」 連載第8回 第一章 再生
野崎が、二人を連れだって戻って来た。 一人は、薄いピンクの半袖シャツを着た、四十前後の痩身(そうしん)の男性で、よく日焼けしているが、僕とは違い、長い休暇中に、ゆっくり時間をかけて焼いたらしい肌艶だった。
平野啓一郎 「本心」 連載第6回 第一章 再生
バッサイアやフィカス、ガジュマルなど、僕でもAR(添加現実)を頼らずに名前を言える木が、目立って生い茂っていて、それが初夏の光を心地良く遮っていた。 よく手入れが行き届いていて、枝にも葉にも張りがあり、生気が感じられた。
平野啓一郎 「本心」 連載第3回 第一章 再生
話を簡単にしてしまえば、母の死後、僕がすぐに、VF(ヴァーチャル・フィギュア)を作るという考えに縋(すが)ったように見えるだろうが、実際には、少なくとも半年間、新しい生活に適応しようとする、僕なりの努力の時間があった。 それは、知ってほしいことの一つである。
【動画あり】平野啓一郎さんに聞く 近未来の人間 心や死生観に変化はあるか 6日から小説「本心」
小説家平野啓一郎さん(44)の朝刊連載小説「本心」が6日から始まる。仮想空間をつくる技術が進歩した近未来の社会を舞台に、人間の心について考える物語だ。
平野啓一郎さんに聞く「カッコいい」とは何か 自分と社会の関係、考える鍵に
たかが「カッコいい」、されど「カッコいい」とでも言おうか。小説『マチネの終わりに』『ある男』などで知られる著者が10年間の準備を経て上梓(じょうし)した最新刊。
平野氏のメッセージ
私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!
平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール
1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。