
「朝刊連載小説「本心」」 (3ページ目)
死んだ母親のVF(バーチャル・フィギュア)と、仮想空間で会話を重ねていく29歳の青年。 あのとき、「安楽死」を口にした母親の本心は―。
平野啓一郎 「本心」 連載第277回 第九章 本心
けれども、腕に仕込まれていたピストルが、ここぞ!というタイミングで長袖の下から飛び出し、銃弾を放つと、僕たちは、どちらからというわけでもなく、顔を見合わせて、暗がりの中で何となく笑った。 僕は、三好がイフィーと話し合うことを後押したが、イフィーには直接、連絡を取らなかった。
平野啓一郎 「本心」 連載第275回 第九章 本心
三好はそう言った後に、思わず口をついて出た「もう十分」というその言葉が、母が安楽死を決意した際に口にした一言だったことを思い出したらしく、気まずそうに目を逸(そ)らした。「イフィーさんも、自分の障害を三好さんに受け容(い)れてもらえるかどうか、不安がってました。
平野啓一郎 「本心」 連載第273回 第九章 本心
「イフィーの気持ちは嬉(うれ)しいけど、……やっぱり、おかしいと思う。『あっちの世界』の生活にずっと憧れてたし、イフィーと友達になれるなんて、それだけで夢みたいに楽しかったけど、朔也(さくや)君の言う通り、彼も若いから。
平野啓一郎 「本心」 連載第272回 第九章 本心
僕は、彼女に対してではなく、寧(むし)ろ自分自身に向けて、改めて僕の彼女に対する思いを語りかけた。それはまるで、僕ではない僕からの声のように、重たく胸に響いた。
平野啓一郎 「本心」 連載第267回 第九章 本心
どれほど彼が優れた人間であろうと、三好の同居人であるという一点に於(お)いて、僕は彼から嫉妬され、また猜疑心(さいぎしん)を向けられる存在だった。残念ながら、僕の自尊心は、そこに拠(よ)りどころを見い出すほど、逞(たくま)しく屈折してはいなかったが。
平野啓一郎 「本心」 連載第264回 第九章 本心
それこそは、リアル・アバターという、僕の本来の仕事に、まったく適(かな)ったことだったが。 西口の野外劇場では、何かのイヴェントをやっていて、僕たちはその人集(ひとだか)りを分け入ってゆくことが出来なかった。
平野啓一郎 「本心」 連載第262回 第九章 本心
通路は狭く、他の客と擦れ違う際にはコートやバッグが、並べられている小物に触れはしまいかとかなり注意した。イフィーが車椅子で来るのは、難しそうだった。
平野啓一郎 「本心」 連載第261回 第九章 本心
<あらすじ> 石川朔也はアバター・デザイナーのイフィー専属のリアル・アバターとして働く。朔也はイフィーと知り合うきっかけとなった動画のコンビニ店員のティリ・シン・タンと話し、日本語習得が必要な人の支援ができないかと考える。
平野啓一郎 「本心」 連載第258回 第九章 本心
亡くなった母の思い出と、三好とイフィーとの生活が、僕を救ってくれたが、振り返るほどに、あの頃、何度となく交わした岸谷との会話は陰惨な印象を与えた。 僕はそのニュースのせいで、少しぼんやりしていた。
平野氏のメッセージ
私たちの生を、さながら肯定する思想を考え続けています。主人公は、愛する母親を亡くしたあと、仮想現実によって再現された母親と生活することになります。その過程で見えてくる母の本心と、自分の心の変化が主題です。乞うご期待!
平野啓一郎(ひらの・けいいちろう)プロフィール
1975年、愛知県蒲郡市生まれ、北九州市育ち。東京都在住。京都大在学中の99年、デビュー作「日蝕」で芥川賞。「ある男」(読売文学賞)など。「マチネの終わりに」(渡辺淳一文学賞)は福山雅治さん、石田ゆり子さん共演で映画化された。