聞き書き「一歩も退かんど」
連載

「聞き書き「一歩も退かんど」」

鹿児島県で2003年に発生した「志布志事件」の冤罪被害者、川畑幸夫さんの聞き書きです。

2019 12/13 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(41) 一念岩をも通す街宣 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

2006年9月14日に鹿児島市内を街宣する川畑さん。この活動は足かけ10年続いた

 可視化を唱える「川畑の街宣車」を走らせ始めて1週間。鹿児島市の観光名所、城山で街宣を終え、昼食を取っていた私に、見るからに右翼関係のいかつい男性が近づいてきました。

2019 12/12 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(40) 「名物街宣車」が誕生 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

川畑さんが生み出した可視化を訴える街宣車

 この聞き書きを読む時に写真から眺める習慣がある読者の方に、まずお断りをしておきますね。 私は決してその筋の者ではありません。

2019 12/11 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(39) 可視化しかない 実感 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

国会議事堂の前で川畑さんと記念写真に納まる山畑正文さん(左)。川畑さんが東京で活動する際はよく案内役を務めた

 東京で開くシンポジウムで「踏み字」被害を再現してほしい-。こんな話が私に舞い込んだのは、2004年秋のこと。

2019 12/10 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(38) 人質司法もうやめて 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

395日の勾留の末に保釈された中山信一さん。川畑さんは「色が白くなったなあ」と驚いたという=2004年7月2日

 2004年7月2日。志布志事件で妻のいとこの中山信一が395日もの勾留の末、保釈されます。

2019 12/7 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(37) 面会ローテで心支え 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

中山信一さんが勾留された鹿児島拘置支所。川畑さんらはローテーションを組んで面会に通った

 志布志事件では鹿児島県警の最大の標的が、妻のいとこで県議に初当選した中山信一でした。2003年6月4日に逮捕されると、当然のごとく議員辞職を求める声が上がりました。

2019 12/6 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(36) 勾留395日の人質司法 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

108日の勾留の末に保釈され、変装して東京拘置所を出るカルロス・ゴーン被告=3月6日

 「おりの中ってどんな感じ?」と聞かれることがたまにあります。そのたびに修行の足りない私はつい、「自分が入ってみれば」と声を荒らげそうになります。

2019 12/5 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(35) 亡父のため勝ちたい 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

記者会見で涙があふれ、ハンカチで口を覆う川畑さん。隣は同席した妻の順子さん

 会場は報道陣で埋まっています。2004年4月9日、鹿児島市の鹿児島県弁護士会館。

2019 12/4 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(34) 人生初の会見に緊張 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

川畑さんの国家賠償請求訴訟の提訴会見に詰めかけた報道陣

 石にかじりついてでも、人の道に外れた「踏み字」の責任を問う-。2004年が明けると、私は国家賠償請求の準備を着々と進めていました。

2019 12/3 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(33) 総勢14人もの弁護団 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

川畑さんの国家賠償請求の訴状(コピー)には、原告訴訟代理人として14人の弁護士が名を連ねた

 中原海雄弁護士の紹介で私の弁護に加わった野平康博弁護士は、人権派の熱心な先生でした。さらに幸運なことに、私は逮捕前日の2003年7月23日、志布志の国民宿舎で、野平先生の聞き取り調査を受けていたのです。

2019 11/30 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(32) 弁護士2人に恵まれ 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

踏み字国家賠償請求訴訟で、提訴の記者会見に臨む中原海雄弁護士(左)と野平康博弁護士=2004年4月9日

 裁判では弁護士の力が勝敗を大きく左右します。その点、私は本当に恵まれていたと思います。

2019 11/29 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(31) 女性パワー 原告団結 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

たびたび記者会見に使用されたビジネスホテル枇榔の食堂

 2003年秋以降、私と妻順子が営む「ビジネスホテル枇榔(びろう)」は、志布志事件の闘争拠点になっていきました。ホテルの食堂はたびたび記者会見場に。

2019 11/28 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(30) 新聞に初めて「冤罪」 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

志布志事件を報じた2003年9月3日の西日本新聞鹿児島版

 自殺未遂者が出るほど過酷な取り調べが続いた志布志事件。保釈された人や家族が真相を語り始めると、とんでもない人権侵害が次第に分かってきました。

2019 11/27 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(29) 自殺未遂の言葉偽る 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

懐俊裕さんが飛び込んだ滝つぼ。相当な深さがあるという

 私の釈放後、志布志事件の被告も次々と保釈されてきて、事件の深刻な概要が分かり始めました。舞台となった鹿児島県志布志市四浦(ようら)地区の懐(ふところ)集落が山奥にあることは以前、話しましたね。

2019 11/26 6:58
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(28) 妻の機転、テープ守る 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

志布志署への電話を録音したカセットテープを示す川畑順子さん。手前は日々の出来事を記録した日記

 前回の親友に引き続き、今回は照れくさいのですが、愛妻の話です。13人が起訴された志布志事件で私が起訴を免れたのは、妻順子の行動力も一因です。

2019 11/23 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(27) 「あんやんを守らにゃ」 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

焼酎を酌み交わして事件を振り返る川俣次男さん(左)と川畑さん

 2003年夏の終わり、釈放された私は志布志事件の舞台になった鹿児島県志布志市四浦(ようら)地区の懐(ふところ)集落を訪ねてみました。ある人物に会いたかったのです。

2019 11/22 6:00
2019 11/21 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(25) 鹿児島弁通じぬ検察 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

送検後、川畑さんが取り調べを受けた鹿児島地検

 志布志事件で逮捕・送検された私は、2003年の夏の盛りを鹿児島南署の留置場で過ごすことになりました。ひどい環境かと思いきや、冷房も入っています。

2019 11/20 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(24) 素っ裸で屈辱の検査 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

留置場の見取り図を書いて内部の状況を説明する川畑さん

 35回に及ぶ任意聴取の末、私は2003年7月24日、公選法違反(買収)の疑いで逮捕されました。逮捕容疑は3月下旬、妻のいとこで鹿児島県議の中山信一らと共謀し、志布志市の懐(ふところ)集落で10人に現金を配ったというものです。

2019 11/19 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(23) 35回目の聴取で逮捕 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

川畑さんの逮捕現場になった鹿児島県警志布志署。2階右側の鉄格子の窓の向こうに取調室があった

 私の親戚で鹿児島県議だった中山信一の逮捕から一夜が明けた2003年6月5日、入院で中断していた私への取り調べが再開されました。今度の取調官は旧知のT警部補でした。

2019 11/16 6:00
社説・コラム

聞き書き「一歩も退かんど」(22) 残念、犯人扱いの報道 志布志事件冤罪被害者 川畑幸夫さん

京都・祇園の巽橋で記念撮影する中山信一さん(左)と川畑さん(2005年ごろ)

 志布志事件は、ついに「本丸」に入りました。2003年6月4日、鹿児島県議に初当選したばかりの中山信一が逮捕されたのです。

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