江戸の韓流 朝鮮通信使
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「江戸の韓流 朝鮮通信使」

江戸時代に「韓流ブーム」? 朝鮮王朝の書や絵画、珍しい踊りや曲芸に、鎖国下の日本の人々は熱狂…そのブームを引き起こしたのが、平和使節の「朝鮮通信使」。通信使とは何だったのか-。九州に残る足跡をたどりながら、その姿を紹介する。

2016 8/5 1:09
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江戸の韓流 朝鮮通信使<7>廃止 維新後もあった幻の計画

 200年以上続いた朝鮮通信使は、1811年の第12回が最後となりました。第11回から47年も間が空きましたが、それは主に幕府の財政難が理由でした。

2016 8/4 1:59
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江戸の韓流 朝鮮通信使<6>接待 サミット級のグルメや宿

 朝鮮通信使は今でいう「国賓」。幕府に接待を命じられた各藩は、最高の宿と食事でもてなしました。

2016 8/4 1:00
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江戸の韓流 朝鮮通信使<5>交流 益軒も筆談駆使、知の挑戦

 外国との交流が制限されていた江戸時代の知識人にとって、朝鮮通信使は先進文化を運んでくる貴重な使者でした。10年、あるいは数十年に1度の来訪は千載一遇の機会。

2016 8/2 18:05
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江戸の韓流 朝鮮通信使<1>鎖国下の日本が熱狂

 江戸時代の日本に「韓流ブーム」があったことを知っていますか? 朝鮮王朝の優れた書や絵画、珍しい踊りや曲芸に、鎖国下の日本の人々は熱狂しました。そのブームを引き起こしたのが、平和使節の「朝鮮通信使」です。

2016 8/2 18:05
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江戸の韓流 朝鮮通信使<2>目的 安全確認とカネ求め

松雲大師をたたえる石碑。「国の一大事に汗をかく」と言われる=韓国・慶尚南道密陽市

 苦労して朝鮮通信使をやりとりした目的は主に二つ。「安全」と「カネ」です。

2016 8/2 18:05
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江戸の韓流 朝鮮通信使<3>団員 官僚、画家、曲乗り騎兵も

正使が乗るこしを描いた「朝鮮国信使絵巻(文化度)」(対馬歴史民俗資料館所蔵)

 朝鮮通信使は500人に及ぶ大集団でした。一体どんな人たちが加わっていたのでしょうか。

2016 8/2 18:05
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江戸の韓流 朝鮮通信使<4>行程 4000キロの旅、今も残る謎

福岡藩が朝鮮通信使の船を停泊させるため相島に建造した波止(はと)=福岡県新宮町

 朝鮮通信使の旅は往復約4千キロに及びます。往路の前半は長崎県の対馬と壱岐から相島(あいのしま)=福岡県新宮町=へと離島を伝い、瀬戸内海を渡る海路。

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