戦後75年
コーナー

「戦後75年」

今年は戦後75年。当時を知る人が少なくなる中で、戦争の現実と平和の尊さを後世に伝えようと模索が続いています。高齢を押して語り継ぐ戦争体験者。地域に残る戦の記憶をたどり重い事実を学ぶ現在の世代。私たちも共に、先人の歩みと、今の時代に向き合います。

2020 11/30 11:00
熊本

負傷兵搬送無我夢中で 中国で活動、使命感が支え 元従軍看護婦

従軍看護婦時代を振り返る蒲地ハルエさん

 太平洋戦争中、多くの従軍看護婦が戦地で活動する日本兵を救護するため国外に渡った。熊本県水俣市市渡瀬の蒲地ハルエさん(97)もその1人。

2020 11/29 8:00
長崎社会

「物言わぬ語り部」被爆資料の今 進む劣化、人手不足…課題直面

11時2分で針が止まった長崎原爆資料館の被爆時計。現在は取り外され、写真が展示されている

 長崎市と広島市の原爆資料館は、それぞれ数万点の被爆資料を収蔵している。その一つ一つに原爆の熱線や爆風のすさまじさが刻まれ、75年前の惨劇、死者の無念、遺族の悲しみを伝える。

2020 11/19 11:00
長崎

見て触れて「戦争」感じて…佐世保空襲資料室リニューアルオープン

防空頭巾、もんぺ姿の人形は空襲当時の市民の姿を伝える

 佐世保空襲資料室(長崎県佐世保市戸尾町)が展示面積を広げ、10月にリニューアルオープンした。市民から提供された約1500点の資料や戦時中の生活用品を再整理し、焼け野原となった街の様子、平穏を奪われた市民の暮らしが分かるように展示を工夫している。

2020 11/18 11:00
福岡

戦前の大蛇山「目玉」戻る 大牟田空襲で焼失免れ…熊本の女性が寄贈

ケースに入った目玉と由緒書を持つ本宮彌劔神社総代会の三好和雄会長(左)と梶原伸介館長

 福岡県大牟田市の夏まつり「おおむた大蛇山まつり」で、1938(昭和13)年に作られた八劍神社(現在の本宮彌劔=やつるぎ=神社)の大蛇山の目玉(右目)と、その由緒書(ゆいしょがき)が17日、同市の市立三池カルタ・歴史資料館に寄贈された。目玉を所有していた熊本市内の女性が大牟田市に保存を相談。

2020 11/12 11:00
福岡

「歩けない。早く殺して…」壮絶なビルマ戦 故井手さんの手記展示

井手さんの「戦時物語」の一コマ。「歩けません。早く殺してください」と女性の看護師から求められたという

 福岡県大野城市の大野城心のふるさと館で第2次世界大戦中にビルマ(現ミャンマー)に出兵し、終戦後、捕虜となって復員した同市平野台の故井手貞一さん(享年98)の手記「戦時物語」や関連資料が展示されている。29日まで。

2020 11/11 6:00
福岡社会

「生き残った者の責任」 終戦直後の惨事伝える 二又トンネル爆発

二又トンネル火薬爆発事故の様子を描き、語り継ぐ佐々木盛弘さん=7日、福岡県添田町

 国鉄田川線(現JR日田彦山線)の二又トンネル(福岡県添田町)内に旧日本軍が秘匿していた火薬532トンが大爆発を起こし、住民ら296人が死傷した惨事から12日、75年となる。父と姉を失い、自らも重傷を負った元町教育長の佐々木盛弘さん(86)は、近く予定される鉄路廃止や生存者の減少による風化に危機感を募らせる。

2020 11/8 11:00
福岡

「戦争証言を次世代に」 継承模索する大牟田市の男性

中嶋光秋さんは「大牟田の空襲の証言を伝えることが大事」と話す

 太平洋戦争末期に空襲を受けた福岡県大牟田市の戦災の実態を調べている市民グループ「大牟田の空襲を記録する会」。8年前に3代目代表になった中嶋光秋さん(81)は証言集の発行に奔走してきたが、証言の掘り起こし中心の活動から、今後は「継承」主体の活動にかじを切る考えだ。

2020 11/7 6:00
社会

対馬丸の悲劇を後世に 大城立裕さん遺族ら「平和のバトンつなぐ」

今年1月、対馬丸をテーマにした組踊を演じた子どもと記念写真に収まる大城立裕さん(中央)と高良政勝さん(左端)=対馬丸記念館提供

 10月27日に95歳で亡くなった沖縄初の芥川賞作家、大城立裕(おおしろ・たつひろ)さんは戦争に関する作品を多く残した。1944年、学童ら疎開者を乗せた対馬丸が米潜水艦に撃沈され約1500人が亡くなった事件では、生存者らを探し出して丁寧に聞き取りを行い「悪石島」(共著)を刊行。

2020 11/6 6:00
福岡社会

「戦争の記憶、継承の場」平和資料館の建設目指し福岡市の団体が始動

旧十五銀行福岡支店跡の博多座前で、福岡大空襲で多くの人が亡くなった地下室の話を聞く人たち=10月11日、福岡市博多区

 福岡市にない公設の「平和資料館」を造りたい-。戦争の歴史や悲惨さを後世に伝える「平和資料館」の建設を目指して、同市の約10の市民団体が共に活動を始めた。

2020 11/2 12:11
社会

激変の中で「ぶれなかった」ものは 1945年、夏の153日間をたどって

1945年12月31日付の紙面。記事の見出しの大きなコラージュを掲載した

 戦争が終わった1945年の6月から10月まで、当時の西日本新聞の紙面を毎日訪ねる連載に本紙ウェブサイトで取り組んだ。タイトルは「あの日、何を報じたか」。

2020 10/31 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/31【学園と食糧 授業お昼で切り上げ 午後は全校あげて増産に挺身】西日本新聞の紙面から

1945年10月31付の紙面から

 〈食糧事情逼迫はついに学校における正常な授業継続放棄という事態に立ち至り、既に授業の午前中切り上げ、一週五日制の実施、体操の中止などの臨時措置を行った学校すらあるが、今や大学から国民学校に至るまで、ほとんど例外なしに「空腹と授業」に頭を悩ましている。 8月15日の敗戦で政治や社会の価値観が180度変わった後も、全く変わらなかったのが食糧問題だった。

2020 10/31 6:00
鹿児島社会

「本土決戦」決死の防衛網は今 米軍上陸想定、鹿児島に残る地下壕や要塞跡

木戸で閉ざされた権現島の地下壕の入り口=15日、鹿児島県志布志市

 もし、1945年8月15日に終戦を迎えていなければ、この年の11月1日、九州に米軍が上陸し、地上戦の舞台になっていた可能性があった。連合国軍は鹿児島県の志布志湾、吹上浜、宮崎県の宮崎海岸の3方面から攻め込み、南九州地域を制圧する「オリンピック作戦」を企図していた。

2020 10/29 14:12
長崎

26歳で戦死…軍神化された「残留日本兵」 足取りを追った

バリ島の独立戦争で戦い、亡くなった元日本兵の荒木武友さん

 太平洋戦争が終わっても外地にとどまった「残留日本兵」。南島原市加津佐町出身の故荒木武友さんもその一人だ。

2020 10/29 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/29【“最善を尽くそう” 大場所間近に双葉山上京】西日本新聞の紙面から

1945年10月29日付紙面から

 現在の大分県宇佐市出身、69連勝の記録を誇り「不世出の大横綱」と呼ばれた双葉山。戦時中も続いていた大相撲は、終戦後最初の場所を11月に開催することになっていた。

2020 10/28 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/28【憤死して満二年 偲ぶ・あの日の中野正剛氏】西日本新聞の紙面から

1943年10月27日付の夕刊。中野正剛の自殺を伝える記事

 ジャーナリストで政治家の中野正剛は福岡市出身。戦時下の新聞統制で西日本新聞となる九州日報の社長も務めた。

2020 10/27 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/27【闇に消ゆ軍需品 被服三十万梱のほか麦・缶詰類 終戦どさくさに醜態 熊本の現地部隊】西日本新聞の紙面から

1945年10月27日付紙面から

 役所、警察、軍、鉄道など戦時中にたたえられ続けた存在への反発が、体制の変化と生活の窮乏の中で強まっていたことがうかがえる。記事は、軍関係者たちがいかに軍用品を私物化していたのか、具体的な物資の種類や量とともに克明に書いている。

2020 10/26 11:00
長崎

核兵器禁止条約発効へ 長崎市の被爆者ら「歓迎」平和祈念像前に200人

平和祈念像前で横断幕を掲げて発効を歓迎する被爆者ら

 核兵器禁止条約の批准数が発効に必要な50カ国・地域に達し、来年1月の発効が決まった。被爆地の長崎では25日、核廃絶を訴えてきた市民や被爆者らが喜び「核兵器なき世界」の実現を改めて誓った。

2020 10/26 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/26【箱崎・姪浜間は「東西大通り」へ 福博から消ゆ太閤以来の町名】西日本新聞の紙面から

1945年10月26日付紙面から

 記事はこれだけ、約170字。福岡市内に「一番街」や「五十七番街」という名称が付けられることが計画されていたのか。

2020 10/25 8:00
社会

あの日、何を報じたか1945/10/25【藷泥棒は夜警団で防げ 県警察部も近く一斉に手入れ】西日本新聞の紙面から

1945年10月25日付紙面から

 〈粒々辛苦してやっとつくりあげた藷(いも)が不届きな泥棒のため一夜にして掘り返されたという忌まわしい事件は最近頻々として発生し、農民の憎悪を買っている。 戦時中に輪を掛けて厳しくなった食料事情。

2020 10/25 6:00
長崎社会

「立派な戦死」と告げられ…戦没者遺族の悔しさ レイテ沖海戦76年

慰霊碑の前で手を合わせる田中暁さん=24日、長崎県佐世保市東山町の東山海軍墓地

 76年前の10月25日、旧日本海軍の重巡洋艦「鳥海(ちょうかい)」がフィリピン・レイテ沖に沈んだ。当時の艦長田中穣さん(享年47)の長男暁(さとる)さん(92)=長崎県佐世保市=は24日、同市の戦没者追悼式に参列し、鳥海の乗組員らの慰霊碑に手を合わせた。

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